31「視察の始まりです」①
「ひ、酷い目にあった」
シャイト伯爵領最南部にある港町の宿屋の食堂で、疲れた顔をしてサムはサンドイッチを食べていた。
少し大きめのテーブルには、オフェーリア、ゾーイ、ジェーンが順番に座り、それぞれ朝食を食べている。
「予想できていたことですが、まずは領民たちの信頼から勝ち取っていかなければなりませんわね」
紅茶とパンケーキを行儀よく口に運ぶオフェーリアが苦笑する。
「いや、予想通りすぎて笑ったぞ」
ゾーイはパエリアをお皿に山盛りにして、美味しそうに頬張っている。
「領民の方々もそれだけ必死なのでしょう」
執事服と手袋を身につけ、身だしなみをきちんと整えたジェーンは、朝はコーヒーだけのようだ。
ただ、宿屋にコーヒーがなかったので、持参したものを彼女が用意した。
「元領主の屋敷で立て籠ればよかったよ」
サムが、昨日の自分の選択を後悔したのは理由がある。
町長の家で話をしてから、歓迎の宴を、と進められたがやんわりと断っておいた。
まだ打ち解けていないどころか、大きな誤解を与えたままの領民と不用意に触れ合うことを避けたのだ。
町長が夜、集会場で改めて町民を集めて話をすると言ったので、一日置くことにした。
すでに話を終えたときには、夕方だったので宿屋で夕食を食べて、眠ろうとしたのだが、しばらくして町長が数人の男女を連れて宿を訪ねてきたのだ。
まず、元領主の屋敷が使える状態でないことを謝罪され、明日には大掃除をすると言ってくれたが、サムとしては元領主の屋敷で生活するつもりはなかった。
宿屋にチェックインしたあと、こっそり空から元領主の屋敷を訪れてみたのだが、家財がなくともひどく趣味が悪いのが見てとれる屋敷だった。
元領主の寝室に至っては、自画像と思われる全裸のおっさんが描かれた大きな絵があったのには流石に引いた。
私財を回収しにきた人間も、価値なしと判断したのか、それとも触りたくないと思ったのか。だが、ちゃんと回収して、燃やすなりしてほしかった。
宿に戻り、オフェーリアと話をした結果、屋敷を潰すことを決めた。
その上で、別の場所に新しい領主の屋敷を建てることにしたのだ。
領主の屋敷といっても、前領主のように悪趣味で無駄に広い屋敷ではなく、小ぢんまりとした執務と家族が過ごすことができればいい。
話を終え、それぞれが個室を用意してもらえたので寝ようとしたところ、
「――夜伽に参りました」
と、町長が若い男女、幼い男女、熟れた男女、枯れた男女を連れてきた。
顔を引き攣らせたサムに、町長は恐る恐る言い放った。
「お好みがわからなかったので、全ジャンル揃えてきました」
「ぶっ飛ばすぞ、お前!」
サムがつい怒鳴ってしまったのも無理がなかろう。
領主として、そういうことは一切するつもりはない、と釘を刺すも、町長たちは譲らない。
そんな折、隣の部屋から現れたオフェーリアが「婚約者のわたくしがお相手するので結構ですわ!」と告げたので、「これは気が利きませんで」と納得して帰ってくれた。
ただ、そのまま返すのも誤解を生むかもしれないので、そっとお金を包んで渡しておいた。
残されたサムとオフェーリアに気まずい沈黙が走ると、彼女は顔を真っ赤にして「そ、その、ご期待させて申し訳ございませんが、まだ、その準備といいますか、勇気がなく! ごめんなさい!」と部屋に戻ってしまった。
恥じらうオフェーリアを見送りぼうっとしていると、今度はジェーンがひょっこり顔を出し、
「よろしければ、私めがお相手を」
「いいです!」
変な方向で気を遣ってきたのでお断りし、続いてカルが現れ、
「そろそろ自分の出番だと思っていたっす」
「寝てなさい」
強制的に部屋に戻っていただいた。
そんなこんなあって、サムは眠ったはずが疲れが取れなかったのだ。
「しゃんとしてくださいませ。今日は町を見て歩くのですから」
「そうだね。蒸留所にも行くことになるんだろうけど、ちょっと気になるんだよねぇ」
「なにがですの?」
サムは、この港町に近づいたときから薄らと、そして町に足を踏み入れてから確信していた。
「この港町に、ていうか蒸留所に魔族がいる」
〜〜あとがき〜〜
お酒といったら、もう種族はわかりますよね?
まだ本作がシリアスだったころのお話が掲載された書籍1巻2巻とコミカライズを何卒よろしくお願い致します!
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