30「メルシーが飛びたったそうです」





「ぶぅ!」


 次期竜王候補の玉兎を父に、かつてはその父以上の力を持っていた灼熱竜を母に持つ子竜三姉妹の長女、メルシーは人の姿になって、アリシアのベッドの上であぐらをかいてぶすっと頬を膨らませていた。

 まだ人化することのできない次女と三女が「きゅーきゅー」と不機嫌な姉を宥めるように、寄り添い頬を当てている。

 妹たちの頭を撫でながら、メルシーの不機嫌さはかれこれ一日以上継続中だ。


 その理由は、メルシーが「パパ」と慕うサミュエル・シャイトが出張中だからだ。

 国王陛下から与えられた領地の様子を見に行ったのはいいのだが、同行したかったメルシーは残念ながら置いていかれてしまったのだ。

 向こうでは、さぞかし楽しいことになっているに違いない。

 メルシーの脳裏には、サムと領民たちが砂浜できゃっきゃうふふと走り回っている光景が浮かぶ。

 その中に、自分が入っていないことが不満だった。


 昨日はギュンターの手伝いで、男性たちを捕まえては女体化し、貴族の家に殴り込んだりと楽しかった。

 しかし、もう飽きてしまった。

 アリシアも、お腹が目立つようになってきたので背中に乗せて空を散歩するのは怖い。

 むしろ、アリシアは散歩に行きたがるのだが、メルシーのほうが怖くて、手を繋いで外を散歩するようにしている。

 そうするとまだ人化できない妹たちがついてこられる範囲が狭い。


 サムに連れて行ってもらえなかったことだけではなく、メルシーは人化できるようになったせいで逆に制限が増えてしまって不満がいっぱいなのだ。

 メルシーも、人になった姿は十代半ばだが、精神面はもう少し幼い。長命の竜ゆえ、周囲の人間たちより長く生きていても、精神が成熟していないのだ。


「ぶぶぅ!」


 誰かと遊びたくても、アリシアたちは産まれてくる赤ちゃんのために編み物をしている。

 メルシーたちにとっても、弟か妹が産まれてくることは嬉しいが、だからといって編み物に参加する気は起きない。

 王宮に遊びに行ってもいい。クライドがお菓子をくれるし、周囲に人がいないとコーデリアが可愛がってくれる。

 ただ、最近、エミルが鬱陶しい。

 話しかけてくるのでもなく、もじもじしながら柱の影から様子を窺ってくるのだ。

 うざいし、きもい。


 キャサリンと一緒に魔法少女活動をしてもいいが、王都周辺もモンスターは狩り尽くしてしまったので、戦う相手がいない。

 それに、キャサリンもおめかし用の魔法少女衣装を制作すると意気込んでいるらしいので、邪魔するには気が引ける。


 デライトとレイチェルも遊んでくれるが、隙あらばいちゃつくので胸焼けがしているのでしばらくはいい。


 サムのママと妹も歓迎してくれるが、サムの誕生日に向けていろいろしているのを知っているのでやはり邪魔できない。


「うん! やっぱりパパのところへ行こう!」


 結論に至ったメルシーは、窓から飛んで行こうとする。

 すると、次女が口で足を噛んだ。


「邪魔しないで――え? せめて書き置きくらいしろ? うう、まだ文字は上手く書けないのに」


 アリシアのテーブルの上の万年筆と用紙を借りて、頑張ってサムパパのところへ行っていきます、と書いた。


「そういえば、お前たちは着いてこないの?」


 姉の問いかけに、しっかりものの次女は「怒られることはしない」と鳴き、のんびりさんの三女は「サムパパのいるところまで飛ぶのがめんどい」と鳴いた。

 いつだって一緒にいた姉妹がそれぞれ行動し始めたことに苦笑する。

 寂しくあるも、いずれそれぞれ自立する日が来るのかもしれない。


「怒られるのは覚悟してるもん! じゃあ、行ってきまーす!」

「くきゅー」

「くるきゅー」


 妹たちに見送られて、メルシーはウォーカー伯爵家を飛び出したのだった。




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