26「どえらいことになりそうです」①





「――諸君。一週間後、僕たちが心から愛するサミュエル・シャイトの誕生日が迫っている」


 スカイ王国王都にあるイグナーツ公爵家が運営するスカイ劇場の屋根の上から、ギュンター・イグナーツは足を止めて顔を上げる人々に演説をしていた。


「かわいらしいサムがスカイ王国王都にひょっこり顔を出してから、初めての誕生日だ! 王都を上げて祝いたい!」


 固く拳を握って掲げて見せるギュンターに、「まーた、イグナーツ公爵家の若様がおかしなことはじめた」と民が苦笑する。一方で、「その通りだ! シャイト様を祝うんだ!」と鼻息を荒くしている者もいる。


「僕としては、王国全土、いいや、大陸全土を上げて祝いたい。しかし、恥ずかしがり屋さんのサムのことだ、照れてしまうかもしれない。無論、照れたサムもかわいいのだがね!」


 脳裏にはにかむサムを浮かべ、身体を両腕で抱きしめてくねんくねんさせるギュンター。

 バランス感覚もすごいが、多くの人が見守る中でいきなり妄想の世界に飛び込んでしまえる度胸もすごい。

 ただ、そんなギュンターの姿は見慣れているのか、小さな笑いが起きたり、「相変わらずだなぁ」と呆れと関心が混ざった声を出したり、とスカイ王国民は平然としていた。


「おっと、つい脳内サムが愛しすぎて意識が飛びそうになっていたよ。さて、話を進めよう! まず、サムのために我がイグナーツ劇場で劇をやろう! サミュエル・シャイト伝記――すでに脚本は書かれている。まあ、僕の絵日記だがね! 彼が生まれてから、僕と結ばれるまでの日々を描いたものさ!」


 スカイ王国っ子には、ギュンターの言動がいつも通りすぎるので「いや、結ばれてねーだろ」と突っ込む無粋な者はいなかった。


「会場の関係で、見ることができる数に限りがあるのは申し訳ないが、誕生日会の三日間の間、日に二度演じてくれる。時間と余裕があるものはぜひ見て欲しい。また、脚本も本として発売予定なので、一家に一冊いかがかな?」


 平然と出演者を酷使できるギュンターに歓声が上がった。

 自分の絵日記を本として発売してしまうのはどうなの、という声も上がらない。きっと内面ではツッコミどころ満載なのかもしれないが、言っても無駄だし、面白ければいいという意識が働いているのだろう。


「続いて、国王陛下に許可はもらったので発表したい。サムの誕生日会が行われる三日間は――祝日だ!」


 ギュンターの言葉に歓声があがる。


「もちろん、休めない者がいることも知っている! その者たちには、僕と陛下のポケットマネーから特別手当を支払おう! そして、商売人たちも喜びたまえ! 三日間の間の売上には税をかけないと約束を取り付けてきた! 思う存分楽しんで荒稼ぎしたまえ! ただし、事前の申し込みが必要なので忘れないように!」


 さらに大きな歓声が上がる。

 休日だからといって、全員が全員休んでしまえば当たり前だが国が麻痺してしまう。

 宿屋、飲食店、医療関係などの働き手は常に必要とされているのだ。

 サムの誕生日会は三日間あるので、働き手も交代制で休めるだろう。だが、働いた者にも働くメリットがあれば、やる気になるに違いない。

 三日間分とはいえ、特別手当と売上に関する税の免除は大きかった。


「喜んでもらえてなによりだよ。しーかーしー! 三日間のお誕生日会は君たちを喜ばせるものではない! 幾度となくこの国の危機を救い、貢献してきたサミュエル・シャイトという天使を喜ばせるものだ!」


 ただの誕生祭ならば、国王の誕生日、初代国王の誕生日などの記念に行われている。

 ギュンターの求めるのは、普通の誕生祭などではなかった。


「僕はサムが一生忘れることのできない思い出として、三日間を刻んでほしい!」


 賛同する声が国民から上がる。

 ギュンターは応えるように、腕を振り、声を大にして叫んだ。


「僕はサムを驚かせたい! お誕生日会を開催することは知っているので、その上でびっくりさせたいのだ! そこで――女体化しよう!」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」と、轟いていた歓声が「う、うぉお?」と戸惑いに変わる。

 一部のスカイ国民以外には、ギュンターの言葉のすべてを理解できなかったようだ。


「男性諸君、立ち上がるときだ! 今こそ、全員で女体化し、サムを祝おう! 女性たちよ、君たちの力も必要だ! 女体化した男性諸君に、君たちの美しさを伝授してあげてほしい!」


 男性全員が女体化という、衝撃な言葉をいまいち飲み込めていなかった国民のひとりが、呟くように「俺も、女の子になれるのか?」と期待を込めた声を出した。

 その声を拾ったギュンターが頷く。


「そうだ。みんな女体化だ! してみたいだろう、女体化! 一度はしておくといい、女体化! いいや、強制だ! 全員、女体化させてやろうか!」


 情緒不安定気味に叫んだギュンターの言葉の真意を、ようやく理解した国民たちが爆発したように叫んだ。


「一週間後、どきっ、女体だらけのお誕生日会! を、開催しよう!」





 〜〜あとがき〜〜

次回はエヴァンジェリンさんご一家に視点を当てます。

まだシリアスが健在していた時期が掲載されている書籍1巻2巻とコミカライズをよろしくお願い致します!

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