27「どえらいことになりそうです」②




 スカイ王国王都にそびえ建つ女神を祀る神殿で、女神というよりもスカイ王国のお悩み相談員となりつつある魔王エヴァンジェリン・アラヒーが休憩室の窓の外から聞こえる変態の宣言に硬直した。


「……まじか? もしかして、王都の男ども全員を私が女体化させるのか?」


 黒ゴスロリ衣装を身につけるエヴァンジェリンが、ガクガクと震え出す。

 何も相談なく、変態の無茶振りが始まったと魔王を魔王と思わない所業にただただ恐怖する。


「大変だな、女神様も」

「頑張ってねー」


 他人事だと言わんばかりに、エヴァンジェリンの兄である青牙と姉である青樹が肩をすくめる。

 ふたりとも竜であるが、スカイ王国国王クライド・アイル・スカイの好意によって、スカイ王国に滞在しているのだ。

 かつてはエヴァンジェリンを邪竜と呼び捨て、不仲であったが、最近では関係も少しずつ改善していき、兄妹として距離を縮めていた。

 普段はウォーカー伯爵家で生活をする竜たちであるが、日中は魔王でありがなら女神として祀られたエヴァンジェリンの職場に顔をだしていた。

 本人たちは知らないが、ときに国民にエヴァンジェリンに代わって助言することから、神が二柱増えたと喜ばれている。


「他人事だと思いやがって」

「実際、他人事じゃない」

「そもそも、俺たちに人間の性別を変えるような呪いや魔法を使うことはできない」

「物理的に男の子を女の子にすることはできるけどね。ぶちっと」


 青樹がなにかを潰すようにてのひらを握りしめる。


「お、お前、なんて残酷なことを」


 内股になる青牙が、妹の言動に戦慄を覚えていた。


「冗談よ。それに、男の子を女の子にする方法なんて他にもあるもの」

「え? どんな?」

「後ろを開発しちゃえばいいのよ! 可愛らしい少年限定なら私に任せなさい! じゅるり」


 舌なめずりをする青樹から禍々しいオーラが発せられていた。

 兄と妹はドン引きだ。


「お前に邪竜とか言われていたのがめっちゃ腹立つ。青樹のほうがよほど邪悪だろ!」

「なにがあればそんな性癖を歪ませることができるのだ?」

「兄さんには言われたくないんですけど! 魔法少女狂いが、人の趣味にとやかく言わないでよ!」

「魔法少女は神聖なものだ! 侮辱するなら妹とて許さんぞ!」

「男の子だって神聖なものよ! いいかしら? あれは、私が人間の小さな町にお忍びで行ったときだったわ。川で水浴びをしている儚げな男の子を見て――あ、尊いって衝撃を受けたのよ!」

「誰が説明しろと言った!」


 エヴァンジェリンは、自分が里から出て魔王をしている間に、兄と姉に何があったのか気になった。が、詳細は別に聞きたくない。

 変態はスカイ王国民だけでお腹いっぱいなのだ。


「お前らも本当にスカイ王国に順応したっていうか、元から素質があったって言うか」

「否定はしない。いろいろ人間の国に忍んで行ったことはあるが、この国ほど過ごしやすい国はないな」

「この国の人間ってぶっ壊れているからねぇ」


 青牙と青樹が伸び伸びとして過ごせているのはきっとここがスカイ王国だからだ。

 良くも悪くも、変態に寛容というべきか、なんというか。

 国王クライドと敵対していた貴族派貴族のほうがまともなのではないか、と思っていた頃もあったが、粛清を逃れた貴族派貴族たちがこっそり神殿を訪れてはえぐい性癖を暴露し、お布施を払っていくのだから、誰も彼も同じのようだ。

 悪事を働いているときだけ変態じゃないとか、どんな人間たちだよ、と何度ツッコミを入れたかわからない。


「ま、私も私でこの国は過ごしやすいけどな」


 邪竜として同胞である竜から、魔族からも恐れられていたエヴァンジェリン・アラヒーを愛の女神として神殿を建て崇めるような国は、大陸広しとはいえスカイ王国くらいだろう。

 まだ戸惑うことは多いが、少なくともサムがこの国から離れない限り、エヴァンジェリンは一緒にこの国にいようと思うくらい気に入っていた。


「だからって、いくらダーリンの誕生日の催しだからって、王都の男ども全員を女体化か……できなくはねえけど、魔力がなぁ」

「案ずるな、エヴァンジェリン」


 休憩室に母であり、竜王である炎樹が現れた。

 扉を開き、部屋に入ってくる母は、白いワンピースの上にベージュのカーディガンを羽織っていた。足元はサンダルという簡素な格好であるが、身につけているひとつひとつが高級品であることを知っている。

 炎樹が自分で購入したものではなく、彼女の美貌に当てられた金持ちが献上品として神殿に持ってくるのだ。

 エヴァンジェリンには変態ばかりが集まるが、炎樹には割と普通な感性の人間が集まっている。

 一時期、自分と母の違いはなんだと悩んだこともあった。


「ママ、その両手にいっぱいの紙袋はなに?」

「これか? 友人になったマダムたちとお茶会をして帰ってきたら、神殿の前で貴族らしい身なりの青年たちが待ち構えていてな。献上したいというのでもらっておいた」

「お母様! 何処の馬の骨ともわからぬ男から、そのように!」

「そうよ! お母様! 私だって欲しいわ!」

「青樹! 馬鹿者! 私はそんなことを言っているのではない!」


 魔法少女好きが明らかになった青牙だが、生来の真面目さまで失っているわけではない。

 貢物とはいえ、母が見知らぬ男から物をもらうことをよろしく思わないようだ。

 一方、母を羨ましがる青樹だが、彼女は少年少女以外には割と辛口対応なので青年たちからの献上品はあまりない。

 ときどき「罵ってください」という猛者が現れるくらいだ。

 先日、頬を赤らめて花を一輪差し出してきた少年がいたが、その日の青樹はご機嫌だった。


「ふう。サムの誕生祭で賑わっているようだな。お茶会をしていたらギュンターが声を大にして演説していたのは、さすがに笑った」


 炎樹もスカイ王国に簡単に溶け込んだ。

 その美貌はもちろんだが、竜の長がひとりの少年と結婚すると公言しているのだから、お話を聞きたいという女性が集まってくるのだ。

 きっかけはさておき、友人関係となった女性たちにお呼ばれして、毎日お茶会をしている。

 サムへのアプローチは、お休み中だが、炎樹的にはサムとの結婚は決定事項なので、娘に頑張らせたいようだ。


「笑ったじゃなくて! ダーリンが目ん玉飛び出すほどびっくりするんじゃねっていうのは置いておいて、王都の男ども全員をなんて面倒なんですけど!」

「案ずるな、私も手伝おう。私がちょっと力を振るえば、老いた老人を可愛らしい幼女にしてみせよう」

「――それはちょっと、新しい問題が生まれるだけの気がするんですけど!」


 ギュンターがトラブルメーカーであることは変わらないが、母も母でマイペースすぎるので問題を起こしそうだ。

 家族の仲が修復されたのはよいが、ツッコミに疲れるようになったエヴァンジェリンだった。





 〜〜あとがき〜〜

スカイ王国に順応している竜たちでした。

次回は、とある貴族に訪れた奇跡。


まだ本作がシリアスだった頃を描いた書籍1巻2巻が好評発売中です!

何卒よろしくお願い致します!

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