閑話「未来から孫が来ました」①




 とある秋のよく晴れた日の午後だった。

 クリー・イグナーツは、昨晩招かれた貴族の夜会の疲れを若干覚えながらテラスですっかり涼しくなった風を覚えながらお茶を飲んでいた。

 夫ギュンターの子供を妊娠しているため、義両親と家人たちから国宝のごとく大事にされているクリーだったが、実家の領地は冬になると雪に覆われる地方なので今でも少し暑いくらいだ。


「それにしても、ギュンター様と結婚されたい方があれほど多いとは……さすが魅力的な方です。と言いたいのですが、誰もが公爵家の地位を狙っていることは許せませんわね」


 今までギュンター・イグナーツは、何度招待を受けても夜会に参加するような人間ではなかった。

 唯一、参加する催しと言えば、王家主宰か、ウォーカー伯爵家のものだけであり、イグナーツ家の催しにさえ参加しない男だった。

 代わりにイグナーツ公爵と夫人が忙しく顔を出して回っているのだが、本当に顔を出す程度だ。

 ギュンターは兄しかおらず、その兄もイグナーツを名乗りながら公爵家とは現在関係を遠ざけているため、貴族の催しに参加することはない。

 そこでクリーだった。


 本来なら、クリーは男爵家の令嬢だ。いくら公爵家に嫁いだとはいえ、当主の代わりなど――と、面と向かって言える人間はスカイ王国にいなかった。

 そもそも、スカイ王国始まって以来の変態であり変人であり、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーが絡むと狂人とまで言われたギュンターの妻になるなど、普通の女性にはできない。

 ギュンターのことをある程度知っている人間なら、クリーを尊敬と畏怖の念で見るだろう。いや、拝むかもしれない。


 だが、貴族の令嬢や、ギュンターの奇行ゆえに勘違いした人間が、自分なら御せるかもしれないと愚かな思考を持つ者もいる。

 そのような人間たちは、クリーを男爵家から嫁いだ小娘程度に思わない。

 せいぜいギュンターを幼女趣味があるくらいに思い、幼い娘を嫁にと言う者もいれば、愚かにもクリーにギュンターを紹介するように命令する者もいる。

 ただし、それらの多くが、クリーの狂気に触れて怯えて退散してしまう。


 それでもまだイグナーツ家に取り入ろうとする人間は多いのだ。

 クリーとしても理解はできる。

 ギュンターが素敵であるのは別として、イグナーツ公爵家の跡取りはギュンターのみだ。そして、その妻はクリーだけ。今ならば、と思う人間がいるのは仕方がないことだった。

 とはいえ、公爵家など関係なく、純粋にギュンターを愛するクリーとしては、貴族としてはわかるが、女としては理解したくないし、賛成も歓迎もしないのが本音だった。


 ギュンターが側室を持つことには抵抗はない。無論、独り占めできるならしたいが、後光を放つような神々しいギュンターが多くの人間を魅了するのは仕方がないのことだと思っている。

 むしろ、他の女性と自分を比べさせて、自分の方がいいと言わせたいし、言わせる自信もあった。

 そんなクリーではあるが、サムだけには気を使っている。

 サムこそギュンターの一番であり、最愛の人である、と。ギュンターがサムへの偏愛を繰り広げていることを含めて、クリーは彼が愛しいのだから。

 クリーにとってサムは良き兄のような存在だ。ギュンターを抜きにしても、尊敬する人間であり好ましい。気恥ずかしさがあるので、兄とは呼べないが、彼と彼の妻リーゼたちを心から慕っていた。


「――あら?」


 少し紅茶が冷めてしまったので、屋敷の中に戻ろうとしたクリーは椅子から立ち上がり、空に視線を向けた。

 上空で強い魔力が集中している。

 魔法使いではないが、魔力を持つクリーは、魔力を感じ取ることができる。


「まあまあ、サム様とまではいきませんが、デライト様を超える魔力が上空に……攻撃魔法ではないようですが」


 クリーの瞳が淡く光り、上空に渦を巻く魔力を解析しようとしたときだった。

 人が両手を広げたくらいの光の筋が、クリーのいるテラスに向かって伸びてきた。


「あら」


 しばらくして、光が収まると、そこにはハニーブロンドの髪をショートカットに切りそろえ、かつてのリーゼを思わせるパンツルックの少女だった。

 ただし、リーゼが貧乳であるのに対し、少女は巨乳である。

 男装、とまではいかないが、それに近い格好をして腰に剣を差す少女は、クリーに真っ直ぐ視線を向けると、小さく頭を下げてから名乗った。


「ボクの名前はユーリィ・イグナーツ。クリー・イグナーツ、あなたの孫だ!」





 〜〜あとがき〜〜

 かつてサムの孫が来た話のギュンター版です。

 前半はクリーさんがメインです!


 9/30 書籍2巻の発売です!

 ご予約何卒よろしくお願い致します!




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