70「枢機卿が現れました」①
「……神聖ディザイア国」
はっきり敵だと明言したカリアン枢機卿に、サムは注意を逸らさないまま思い出す。
神聖ディザイア国は、魔族たちが住まう大陸西側で最も大きな人間だけの国だ。教皇と十人の枢機卿が国を収めている。
魔族を敵視しており、魔王ロボ・ノースランドもかつてディザイア国の追手と戦った過去があると聞いている。
「まさか、オーウェンの黒幕にディザイア国の、それも枢機卿がいたとは。屑と屑は仲がいいようですね」
「……お久しぶりですね、魔王遠藤友也」
「僕をご存知で?」
「もちろんです。私は老いてしまいましたが、あなたは当時のままですね。私の娘を衆人観衆の前で凌辱したあの日のことは、今でも忘れられません」
「あー」
またお前が関わっているのか、とサムは叫びたい衝動をグッとくらえた。
「……一応聞いておきますが、私怨で今回のことを?」
「いいえ、まさか。私にも立場がありますゆえ、私怨ではありません」
「では、国の決定ですか?」
「そんなところです」
笑顔を浮かべたままのカリアンに、友也は突如全力の魔力を解き放ち、闇の本流を放った。
カリアンは闇に飲み込まれ、背後の壁を破壊し、ティサーク国の空高くまで闇魔法が届く。
友也の一撃は、ティサーク国の空を覆っていた雲までかき消すほどだった。
「これはこれは、なかなか手厳しい。私としましては、まずお話がしたかったのですが」
「……おいおい、あれで無傷かよ!」
サムだけが驚いたわけではない。
ボーウッド、アーリー、ダニエルズ兄妹も友也の稀な攻撃に対し、無傷なカリアンの驚きを隠せずにいた。
「サミュエル・シャイトくん」
「お、俺か?」
「ええ、君です。君は、元魔王オーウェンに問答無用の攻撃をしましたが、なぜですか?」
「それは、異質な力を感じたから」
「なるほど。君には素質があったようですね。とても残念です」
「なにを言っているんだ?」
敵だと分かっているのだが、なぜか攻撃ができない。
『攻撃をしなければならない』という意欲が湧いてこないのだ。
同時に、カリアンに対し『敵ではあるが悪ではない』という直感まで働いしてしまい、サムは動揺していた。
「元魔王オーウェンにさるお方が施した術は、君たちが最も苦手とする力を取り込んでいたのです。予定では、オーウェンもろとも爆発し、君たちを殺すつもりでしたが、直感に救われましたね」
「俺たちが最も苦手とする力だと?」
そんな力を聞いたことがない。
師匠であるウルも、王都で稽古と知識を授けてくれたデライトも、王家の書庫の中にもそんな記述はない。
「失礼。混乱するのは無理がありません。人間ではなく、魔族、魔王にとって最も苦手とする力です。今までのサミュエルくんならば気にもしなかったでしょうが、今は違う。人の理に逆らい吸血鬼に転化した挙句、魔王に至ってしまった」
「……あんた」
カリアンの言葉の意味は不明だが、自分の情報が知られていることにサムは舌打ちをする。
「ダーリン、聖術だよ。つーか、聖力って、つまんねー力があるんだよ」
「聖力?」
サムの疑問に答えたのはエヴァンジェリンだった。
「さすがエヴァンジェリン・アラヒー。邪竜であるあなたにも大きな痛手を負わせる力を把握していましたか。どうりで、力と気配を最低限まで殺していたのに警戒していたわけです」
「気安く名前を呼ぶんじゃねえ。女神に狂ったてめぇらが私になにをしたのか、覚えてねえのか!」
「資料では伺っていますが、なにぶん昔のことですので」
不思議なことに、エヴァンジェリンは舌打ちするだけで攻撃をしなかった。
通じないとわかっているからか、他になにか理由があるのか、サムにはわからない。
「さて、サミュエルくん。聖なる子の名を持つ魔王よ。簡単に聖術と聖力について教えて差し上げましょう。私たち信者は、女神にお仕えする際に汚らわしい魔力をすべて捨て去ります。そして、代わりに女神のお力である聖力をいただくのです」
「……魔力を捨てて、聖力をもらう? そんなことが?」
「神は偉大ゆえ、できるのです。さて、では聖力とはなにか、と疑問でしょう。一言で言うならば、魔族たちに対する――毒です」
〜〜あとがき〜〜
9/30 書籍第2巻の発売です!
ご予約のほど何卒よろしくお願い致します!
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