閑話「敬老の日です」





「おめでとう、友也!」

「友也君、おめでとう!」


 パンっ、パンっ。

 クラッカーの代わりに、音と煙の魔法を最小限の大きさにして、魔王サミュエル・シャイトと聖女霧島薫子が鳴らした。

 知り合いのレストランの一室を借り、丁寧に日本語で「敬老の日」と横断幕を書いて飾り付けた部屋の中で、お祝いの言葉を受けた友也が引きつった顔をする。


「……ありがとうございます――なんて言うと思いましたか? ぶっとばしますよ、ふたりとも!」


 敬老の日を祝われているのは、サムの前世であり、薫子の転移元である地球から同じく転生してきた遠藤友也だ。

 前世を含めて四十に届かないサムと、現役女子高生だった薫子は、千年以上を生きる友也に敬老の日を祝おうとしたのだが、ご本人はお気に召さなかったようだ。


「というか、なんですか敬老の日って! こんなにピチピチした僕を捕まえて敬老の日って……温厚な僕でもブチ切れ案件なんですけど」

「えー」

「えー」

「ふたりそろって、イラつくなぁ!」

「だって、友也っておじいちゃんじゃん」

「そうよね。友也君っておじいちゃんでしょう?」

「ですから、魔王の年齢なんて他と違うんですから……わかって言ってるでしょう!」


 サムが手を鳴らして「お願いしまーす」と言うと、店員が現れ大きなケーキをテーブルの真ん中に置く。

 しっかり「祝・敬老の日 おじいちゃんいつもありがとう」とチョコ板にホワイトチョコでやはり日本語で書かれていた。


「一応、聞いておきますが、これは?」

「ケーキも、チョコで字を書いたのも私よ。こっちに来る前は、家でお菓子作りをしていたから、このくらいはね」

「そうではなくてですね……もう、いいです」


 はぁ、と友也が大きくため息を吐いた。


「で、急になんですか、これ?」

「なんというか、いろいろお世話になっているからそのお礼をと思って」

「みんなにも声をかけたかったんだけど、こっちの世界には敬老の日はないでしょう? 日本の文化を知っている三人でお祝いしようかなって思ったのよ」

「……感謝してくれるのは嬉しいですが、素直に表してくださいよ」

「いいじゃないの。たまにはこうして地球出身の三人で話をするきっかけになるんだし」

「薫子さん……普通にご飯にいきましょうでいいじゃないですか」


 うふふふふ、と笑いながら薫子がケーキを取り分ける。

 ちゃんとチョコは友也のケーキのせて配る。

 ケーキを受け取った友也はなんともいえないような顔で眺めるも、はぁ、とまたため息を吐いた。


「僕は年長者ですから、これ以上は文句をいいませんよ。感謝の気持ちを示してくださり、感謝します」

「散々文句言ったけどな! じゃあ、乾杯しよう!」


 サムと薫子はアイスティーを、友也もノンアルコールに付き合いレモン水を手に取った。


「おじいちゃん、おめでとう!」

「これからも元気でね!」

「……最後までやるんですね。まあ、はい、いいでしょう。じゃあ、乾杯」


 グラスを掲げ、乾杯をする。

 ケーキはとても美味しかった。

 焼き菓子が中心なこちらの世界なので、生クリームを口にしたのは転生後初めてだった。

 聞けば、厨房を借りてケーキを作った際、生クリームに関していろいろ尋ねられたらしい。最後には、金を払うから伝授して欲しいと願われ、使用料も払うからと言われたそうだ。

 薫子は、その話はまた後日、ととりあえず逃げたようだが、きっと話は来るだろう。


「……美味しいですね。ケーキなんて、初めて食べましたよ」

「俺もだよ。転生前はたまにコンビニとかで買って食べてたんだけど、いやー、まさか女の子の手作りケーキが食べられるなんて俺も出世したものだなー!」

「なによ、出世って。ケーキなんていつでも作ってあげるわ。ちょっと手間だけど、マカロンだって作れるんだからね」

「……マカロンですか。食べことないですね」

「それはそうよ。さすがに異世界にマカロンはないでしょう?」


 薫子の手作りケーキに舌鼓を打ちながら、談笑するも、なぜか友也の顔は暗い。

 もしかしたら地球を懐かしんでいるのかもしれない。


「とても美味しいです。ありがとうございます、薫子さん」

「どういたしまして。でも、日本で食べたケーキと比べないでね。あくまでも趣味の範囲の腕なんだから」


 サムと友也に褒められて、くすぐったそうな表情の薫子。


「僕は初めてケーキを食べたんです。こんなに美味しかったんですね。ケーキって」

「……なにそれ?」

「えっと、日本で食べたことなかったの?」


 ニコニコしたサムと薫子の表情が引きつった。


「はい。まともに食事なんて作ってもらったことがなかったので、ケーキなんて」

「いやいやいや、女の子にモテてたならイベントがあればケーキをもらうとかしてたんじゃ?」

「はい。確かに手作りケーキってもらったことあります。でも、一度、食べようとしたら、髪の毛とか、爪とか、あとよくわからない物が入っていたので……それ以降は食べようとも思いませんでした」

「こわっ!」

「うわー」


 友也の悲しいを通り越して怖い過去を聞いてしまい、サムと薫子は身震いする。

 自分の失言に気づいた友也は、慌てて取り繕う。


「あ、でも、ハンバーガー屋で半額クーポンがあったのでパンケーキなら食べたことがありますよ! 美味しかったですけど、薫子さんの作ってくれたケーキのほうが比べ物にならないほど美味しいですね!」

「あ、ありがとう。嬉しいわ」

「いろいろ悲しくなっちゃった! とりあえず、食べろ! ケーキだけじゃなくて、順序は逆だけど食事も頼んであるからさ! 今日はたくさん食べて、飲んで、語ろう! な!」


 無理やりの勢いに任せて明るい雰囲気を作っていく。

 ケーキはもちろん、食事は美味しく、なんとか話も盛り上がった。

「もうお腹いっぱいですよ」と友也が降参するまで、食事をとりわけ続けたサムと薫子の尽力で、なんとか敬老の日を終えた。


 珍しくラッキースケベをしなかった友也だったが、ちょっと悲しい過去が明らかになった一日となった。

 サムと薫子は若干の気まずさがあったものの、友也は特に気にせず友人と一緒の食事会を心から楽しむのだった。




 後日、せっかくなので祖母にも敬老の日とは言わずとも、贈り物と食事に誘ったらとても喜ばれました。




〜〜あとがき〜〜

敬老の日ということで、友也さんをお祝いした日本組でした。

ラッキースケベではなく悲しい話が飛び出したのは友也さんクオリティ。


私の祖父母はすでに他界してしまっているので、敬老の日はノータッチですが、おじいちゃんおばあちゃんがいる方はぜひ孝行してあげてください。


驚異的な台風が来ていますが、くれぐれもお気をつけください!

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