65「ティサーク国へ転移します」





「……そうであったか。元魔王オーウェン・ザウィードが暗躍していると。そして、すでにティサーク国王は亡くなっているのか」

「オーウェンの言葉が正しければ、ですが」


 サムはクライドに、元魔王オーウェンから発せられた言葉と企みについて語った。

 王は神妙な顔をし、どうすべきか悩んでいるようだった。

 無理もない。

 友也やエヴァンジェリンのように特定の国を持たず、自由きままな魔王と違い、クライドが動けばスカイ王国が動くのと同じことだ。

 最悪の場合は戦争だが、そもそも敵が魔族の時点でスカイ王国だけでどこまで通用するのかわからない。


 友也が言うのは、鍛錬を重ね現役時代以上の実力を手にしている宮廷魔法使いデライト・シナトラなら、かつてのオーウェンと戦えるようだが、現時点で元魔王がどれだけの力を手にしているのか不明なので油断はできない。

 また、オーウェンの配下にどれだけ魔族がいるのかも不明だ。

 かつては国を持っていたようなので、もし他にも生き残りがいれば集まっている可能性がある。

 それらがティサーク国陣営としてスカイ王国とぶつかれば、デライトやキャサリン、ギュンターはさておき、他の面々は厳しい戦いになるだろう。


「クライド様、俺はあくまでも魔王として動きたいと思います」

「サム?」

「スカイ王国にご迷惑がかかるのであれば、宮廷魔法使いの座と爵位を返上することも視野に入れています」


 残念なことだが、サムはオーウェンの喧嘩を買ったのだ。

 引く気はない。

 しかし、そのせいで愛するスカイ王国に迷惑がかかるのは嫌だ。

 所帯を持ち、子供も生まれてくるのに無職になるのはいかがなものかと思うが、数年単位で家族を食べさせる貯蓄はあるし、友也の同僚として働かないかと声をかけてもらっている。

 スカイ王国から離れる可能性があるが、それらはあとで考える。

 幸いなことに、リーゼたちに王宮に来る前に少し話ができたのだが、彼女たちはサムが魔王に至った瞬間から覚悟ができているという。

 実にいい嫁さんをもらった、とサムは感動した。


「サムよ。そなたは物事を難しく考えすぎだ。魔王に至って魔王として動くのなら、それでよい。スカイ王家の血を引き、宮廷魔法使いであり、伯爵でもあるそなたとは関係ない――くらい言って通せばいいのだ。ちなみに、ウルは十代の頃やりたい放題だった。あの子のおかげで戦争になりかけたこともあるのだよ」

「懐かしいですねぇ。鮮明に思い出します。あの日、傷ついたウルの窮地を救った僕。彼女の心を鷲掴みでした」

「記憶の改竄具合が絶好調であるな! そなたがウルを煽ったせいだったのだがな!」

「はっはっはっ! 数年前のことなど気にしないでください!」


 ウルとギュンターが他国相手にやらかしたと聞いて、まあ、そうでしょうね、と思う。

 ギュンターはさておき、ウルの破天荒ぶりは今でも鮮明に覚えている。


「つまるところ、国は気にするでない。こちらはこちらでなんとかする。最悪、クーデターを起こそうとしている人間たちとコンタクトをとってもよいし、そなたたちが元魔王を倒したあとに話の通じる者が上に立てば、友好関係も築けるだろう。今までのように関わらずともよい。どうとでもなるのだよ」

「しかし」

「それに、だ。魔王の行動をどうこうできる者は同じ魔王のみ。その魔王二名がサムと同じく戦おうとしているのだ。私には止められんよ」


 クライドが肩を竦めた。

 きっと国王として思うことや、もっと他に言うべきことがあるのだと思うが、あえてクライドは言わないでくれたと思う。

 これから戦おうとしているサムのためを、思って。


「私が望むのはひとつだけである――無事に帰ってきなさい」

「はい」

「では、行くがいい! 魔王サミュエル・シャイトの力を存分に見せつけてくるとよい!」


 クライドから撃を受けたサムは、深く一礼をすると、部屋を出て屋敷に戻った。

 屋敷で待っていてくれたリーゼたちに、ひと暴れすることを告げると、「早く帰ってきてね」「怪我しないように」と気遣われた。

 そんな妻たちを抱きしめて、「行ってきます」と告げると、ゾーイたちに屋敷のことを頼んで、中庭で待っていた友也たちと合流する。


「それでは、ティサーク国へいきましょう」

「ああ」

「そんな肩肘はらずとも、さくっとオーウェンと愚かな仲間たちを皆殺しにして、できればあのお方とかいう勿体ぶった奴の情報を手に入れてくるだけです。この国の変態どもを相手にするよりはずっとらくですよ」

「ははははは。違いないな!」


 サムと友也は笑い合う。


「では、いきましょう。――転移」


 サム、友也、エヴァンジェリン、ダニエルズ兄妹、ボーウッド、アーリーはティサーク国に転移した。




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