29「犬猿の仲だそうです」②
「は? 鏡とか毎日見てるっすけど? そっちこそ、鏡見たほうがいいっすよ? 男装っていうか、男じゃないっすか。タッパがあって、胸も平で、男装の麗人気取ってるようっすけど、それしか似合う格好がないってことっすよね?」
「執務に対して相応しい出立をしているだけです。服装と言うのなら……」
ジェーンは、カルの頭から爪先を眺め、再び失笑する。
「そもそもあなたのその全身タイツはなんですか? ジャケットとミニスカートを恥ずかしくて羽織るのなら、初めから全身タイツなど着なければいいのです。あと、身体に関してはあなたもわたくしと大差はないでしょう」
執事服を着こなした男装の麗人ジェーンに対し、カルは身体のラインを出すボディースーツの上にデニムジャケットとスカートを履いている。
全身タイツではないのだが、見る人によってはそう見えるだろう。
また体格面では、ジェーンが背の高いすらりとした美人なら、カルは小柄で華奢な愛嬌のある感じだ。
「全身タイツじゃねーです! これは戦闘用のボディースーツなんですぅ!」
「違いがわかりません。全身を覆っているので、全身タイツでいいではありませんか。あまりこういうことは言いたくありませんが、仮にも準魔王なのですからもっと相応しい格好をするべきではないでしょうか? 若造しても、無駄ですよ?」
「――このっ、自分のほうが数百年若いからって!」
ついには額をぶつけ、睨み合うふたり。
「お、おい、その辺で――なんでもありません」
今にも殴り合いが始まりそうなジェーンとカルを諫めようとしたダグラスだが、ふたりの眼光に怯んでしまった。
魔王になろうと、女性には勝てないのが真理だ。
「……気が変わりました。お父様。先ほどの件ですが」
「お、おう」
「わたくし、サミュエル様と結婚します」
「――はぁ!? なに言ってるすっか!? サムさんは私と幸せな家庭を築くんっすよ!」
突然、サムと結婚すると言い出したジェーンに、ダグラスが目を剥き、カルが「ふざけんな!」と声を荒らげる。
「素敵な奥様がいらっしゃいますので、お邪魔するのも悪いと思っていたのですが……このように品のない女性が妻を名乗るのであれば、さぞ皆様に迷惑をかけるでしょう。ならば、魔王ダグラス様の娘として、どこかの誰かさんではできないようにしっかりと支えて見せましょう」
「……遠回しに、私がサムさんの奥さんに相応しくないって言ってるような気がするんっすけど?」
「その通りですが、なにか?」
「あ?」
「は?」
ついにはゴンゴンと額をぶつけ出した、ふたり。
「あのですねぇ……私も一応、親切な美少女なので言ってあげますっけど、サムさんがてめーみたいな男女に見向きするわけがないだろ」
「お、おい、カル。口調、口調が変わってるぞ」
「可愛らしいサミュエル様は、わたくしのことを気にしてくださっているようですが。先ほども何度も目が合っていました。あのように好意的に見られては、わたくしの女心も昂るというものです」
「はっ! てめーみたいな男女が珍しいだけっすよ。ばっかみたいに顔が整っているからって、外面に惹かれた奴らにきゃーきゃー言われている程度で悦に浸っているくせに、サムさんから熱い視線を向けられているとは自意識過剰すぎて痛すぎるっすけど」
「あ、あのな、そろそろやめないか?」
途中で、ダグラスが控えめに声をかけるのだが、ふたりの耳には届いていないようだ。
「痛いと言えば、あなたのその喋り方のほうが痛々しくて見ていられないのですが? なんですか? キャラ付けでもしなければ、個性がないのでしょうか?」
「この美少女に向かって個性がないとか……よく言うじゃないっすか! それとこの喋り方は作ってねーっす!」
「美少女は自分で美少女などといいません。あと、その喋り方がわざとでないのなら、痛々しさが増すだけです。今まで誰も注意してくれる方がいなかったのですか? これだから、誰も近づいてこない孤独な方は……おかわいそうに」
「上司の悪口を言わないでほしいっすね!」
「遠藤友也様のことではなく、あなたのことです。カル・イーラ」
さりげなく上司を孤独だと認識していると口にするカル。
聞いていたダグラスは、友也をかわいそうに思った。
「私みたいな美少女には、みんなが恐れ多くて近づいてこないっすよ!」
「脳のご病気かなにかですか? 医者に、いえ、もう手遅れですね」
「こいつむかつくぅ! 男装趣味の変態男女のくせにぃ! サムさんだって、絶対いやっすよ! それじゃなくても、変態枠が多いのに、また変態がふえっちゃった! いやー!」
「……いいでしょう。ならば、明日からドレスを着ましょう」
ジェーンの宣言を聞き、ダグラスは呆気にとられ、カルは爆笑した。
「ぎゃはははははははは! それじゃあただの女装じゃないっすか!」
「――殺しますよ」
「やってみろ」
ジェーンの拳と、カルの拳が同時に放たれるのだった。
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