30「ギュンターの兄です」①





 ギュンター・イグナーツは、変態魔王に上から目線でお願いして王都から離れたイグナーツ公爵領に転移した。

 白いスーツ姿に、風呂敷を担いだギュンターは、気障ったらしく前髪をかき上げる。


「ふむ。破廉恥極まりない変態だと思っていたが、意外と便利だね。喜びたまえ、君を我が家の馬車代わりにしてあげよう」

「お断りします!」


 魔王遠藤友也をお伴に公爵領の中心部にある街を、ギュンターは真っ直ぐ歩いていく。

 ときどき、記憶と変わらない街並みを懐かしんで目を細める仕草をする。


「君はサムとクリー殿が絡まなければ、いいえ、口を開かなければいい男なんですけどね、損してるんじゃないですか?」

「やはり君はそっちの趣味があったのかい? 言っておくが、僕の身体に触れようものなら叫ぶからね!」

「叫ぶんですか……ていうか、興味なんてないんですけどね!」

「もうママに凌辱され尽くしているに、変態魔王の毒牙までさすがの僕でも耐えられない!」

「だから違うって言ってんだろ!」


 唾を飛ばして怒声を上げる友也に、住民たちが何事かと視線を向ける。

 しかし、ギュンターの姿を確認すると「なんだ、領主様のお坊ちゃんか」と誰もが心配ないとばかりにスルーした。


「あの、みなさんからの扱いって、放置ですか? それとも信頼ですか?」

「友也君、君は仮にも魔王だろう。僕がみんなから信頼されていることくらい、読み取りたまえ」

「僕にはまた問題児がやってきたぞ、やれやれ。みたいに感じ取れるのですが」

「変態性ゆえに他者との交流を最低限にしていた君には少し難しかったかな?」

「……こいつぶん殴りてぇ」


 変態に変態と連呼される理不尽に、血管が浮き出るほど友也は拳を握りしめた。

 しかし、腐っても魔王だ。

 こんな街中で、いくら変態とはいえ感情に任せて殴ったりはしない。

 深呼吸を繰り返し、冷静さを保とうとする。


「ところで、いきなり転移してくれと頼むからどこにいくかと思えば、イグナーツ領でしたか。どんな御用ですか?」

「兄に会いにきたのさ」

「お兄さんですか?」

「君の変態的な情報網なら、僕に兄がいることは知っているだろう?」

「ええ、まあ。といっても、あまり知りません。あなたがご実家から追い出したとだけです」


 友也も、すべての情報を把握しているわけではない。

 人を使い、時には金をかけ、いろいろな人から情報をもらい、精査し、つなぎ合わせているのだ。

 しかし、ギュンターの兄に関しては、調べようにも情報が少なかった。

 要注意人物ではないので、さほど気にしていなかったというのもある。


「追い出した、か。間違っていないよ。兄は無能だからね。公爵家には相応しくないのさ」


 過去を思い出すように、ギュンターは憂いを帯びた表情を浮かべる。


「僕自身が、宮廷魔法使いになるため、ウルリーケをお嫁にもらうために公爵家次期当主の肩書きがほしかったこともあり、兄には貴族としての表舞台からは退場してもらったよ」

「……本来なら、ひどい男だと言うべきなんでしょうが、僕の情報だとあなたたちの兄弟仲は悪くなかったようですが?」

「本当に気持ちの悪い情報網だね。だが、その通りさ。僕と兄上は、友人のような兄弟だったよ。兄は、スカイ王国には珍しい純真なお馬鹿さんでね。君のような変態とは縁もゆかりもない方だったよ」

「君のお兄さんの時点で、ものすごく縁があると思いますがね!」


 異世界で千年以上生活しているが、ギュンター・イグナーツほどの変態は見たことがない。

 彼の兄ならば、さぞ変態だと思っていたのだが、違うようだ。


「おだまり! おっと、君と話している間に兄上の家についてしまった。言っておくが、君のことは厳重に厳重を重ねて結界で覆っているが、くれぐれも兄上と義姉上に変態行為をしないように!」

「……自分の意思ではしないとお約束しましょう」

「不安しかないが、いいだろう。君を放り出すわけにもいかないので、ついてきたまえ」


 ギュンターはこじんまりとした一軒家の扉をノックもなく開けて中に入っていく。

 友也は、仮にも公爵家の長男が屋敷ではなく小さな家に住んでいることに驚きつつも、後を追う。


「兄上! 義姉上! あなたたちの可愛くハンサムな弟がわざわざ王都からきましたよ! さあ、出迎えてください!」

「図々しい弟ですねぇ」


 サムたちと接するときとはまた違ったノリのギュンターの声が響くと、部屋の奥から、長いブロンドの髪をひとつに縛り、絵具に汚れたエプロンを身につけた男性が出てきた。

 彼は、ギュンターに気づくと、満面の笑みを浮かべて抱きついた。


「久しぶりだね! 僕の可愛い、自慢の弟! スカイ王国の絶対的変態王者のギュンターじゃないか! こんにちは!」

「すっごい歓迎!」


 実の兄からも変態扱いされるギュンターはさておき、どこか兄もちょっと変だと友也は思った。




 〜〜あとがき〜〜

 ダグラスが来ているとき、ギュンターは兄と会っていました。

 コミカライズ、書籍、よろしくお願い致します!

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