第十一章

1「オフェーリアの受難です」





「オフェーリア、結婚が決まったわ」

「……まさか」


 ジュラ公爵家長女オフェーリア・ジュラは、家庭教師から出された勉強を片した自分へのご褒美に少しいいお茶を飲んで休憩をしていた。

 至福の時間を味わう彼女のもとに、ノックもなく訪れたのは母イーディス・ジュラだ。

 ものすごく嫌な予感がしたオフェーリアは、震える手を必死に抑えてティーカップを置く。


「お母様、一応聞いておきますが、どなたの話ですか?」

「私とあなたの話よ」

「だと思いましたわ!」


 ちくしょう、とオフェーリアは唇を噛んだ。

 年下すぎる少年に入れ込んでいても、母はできる女だ。きっと何かしらの縁ができると覚悟していた。


「……しかし、まさかふたり揃って嫁入りという、最悪の状況になってしまいましたか」

「なにを言っているの? 最高の状況でしょう?」

「お母様にとってですが!」


 オフェーリアは頭が痛くなった。


「あら、不満でもあるの?」

「ですから、不満しかないことは前回お伝えしたと思うのですが!」

「そんなことを言っていたかもしれないわね」

「そんなこと!?」

「オフェーリアだって、サミュエルの強さは見たでしょう。あの子の間に子を儲ければ、貴族として安泰だと思わないの?」

「……おっしゃりたいことはわかります」


 急に、貴族として、と言われれば、オフェーリアとしては頷く他ない。

 オフェーリアも、先日のパーティーには参加していた。

 そのとき、理由は不明だが、同格の魔王と戦うことになったサムの強さを目の当たりにし、戦闘にはからっきしながら、魅せられたのを覚えている。


 しかし、その前がよくない。

 妻を増やし、魔法少女と戯れ、変態と荒ぶり、レロード伯爵を辱めた。

 変態極まりない少年が、魔王と恐れられる存在と同格であることがわかったのだ。

 オフェーリアも、いつ彼の気まぐれで真っ二つにされるかわかったものではない。

 サムの戦いは言葉にならないものだったが、それ以上に、怖かった。


「お母様たちも、よく無条件にあの方に近づけますね。わたくしはとても恐ろしいのですが」

「まだ甘いわね」

「はぁ」

「あの子はそんなことしないわ」

「ですから、そんな根拠が」

「そもそも怖い思いをするようなことをしなければいいじゃない」

「もちろんですが、傍若無人な方であったら、こちらがいくら気をつけても意味がありませわ」

「サミュエルは理不尽なことはしないわ」


 母は彼と会話し、人となりがわかったのかもしれないが、避けていたオフェーリアにはわからない。


「かもしれませんが、準魔王の方々が縁者になるのも不安です。わたくし、ティーリング伯爵とダニエルズ準魔王様たちのお話を聞いていましたけど、あの方達もなかなか狂っていましたわ。ママ上ってなんですの?」


 オフェーリアとしては、サムと会うのはまだ躊躇っていたが、母の行動力を知っているため、一応ではあるがティーリング子爵家夫妻に挨拶はしておいたのだ。

 これで、サムへの嫁入りが決まったときに、あとで失礼がないように――と、していたのだが、できることならこの結果を回避したかった。


「確かに、準魔王殿や魔王様と縁ができるのは不安でしょう。あなたの心配もわからないわけではないわ」

「一応は娘のことも考えていてくださるようでほっとしました」

「だから、あなたの旨みも考慮したわ」

「と、いいますと?」


 きっと気にいるわよ、と笑い母は告げた。


「サミュエルは拝領することが決まったのだけど、オフェーリアが嫁いだ場合、その領地をあなたの裁量で運営できるよう陛下には話をしておいたわ」

「――実は、わたくし、以前からサミュエル・シャイト様のことをお慕いしていましたの!」

「……我が娘ながら、現金な子ね」

「色ぼけた母親に呆れられたくはありませんわ!」


 オフェーリアは、目先の欲に囚われながも、貴族の子女としての義務を全うすることになった。

 彼女が、サムと顔を合わすまで――あと少し。




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