64「きっと変わったんだと思います」
「――うぉ」
変態魔法少女がくねんくねんしながら近づいてくると、未知なる生物を見たような戸惑いの声をロボが上げた。
魔王の中でも最も戦闘力のあるロボが引くほど、ギュンターは異様なのだと誰もが認識を改めた。
当の本人はさして気にした様子もなく、くるり、とステッキを一回転させると、
「――ふっ。話は聞こえていたよ。もっと早く駆け付けたかったのだが、世界を救うと同等の戦いをしていてね」
意味のわからないことを宣った。
「いや、どうせクリーと追い駆けっこしていただけだろ。つーか、その衣装なに!?」
「紳士の嗜みさ」
「お前みたいな紳士がいるか!」
「わかっているよ、サム。この姿の僕を独り占めしたい気持ちはわかるが、まず目先の問題から解決しよう」
「俺にとってお前が一番の問題だよ」
「ふふふっ、照れている君もかわいいよ」
「相変わらず言葉が通じないな、お前! 宇宙人かなにかなの!?」
サムの叫びを心地よく受け止めると、「まあ、任せたまえ」とギュンターはロボと相対した。
白銀の狼の獣人である魔王ロボ・ノースランドとなぜか魔法少女の格好をしているスカイ王国が誇る変態ギュンター・イグナーツが並ぶと、異様な光景に見えた。
「さて、ロボくんだったかな?」
「気安く俺の名前を呼ぶな」
「おやおや、僕にそんな口を聞いていいのかな?」
「なに?」
「僕の名前はギュンター・イグナーツ! 愛と勇気の結界術師さ! そして、サムの妻であり、君が守ると誓ったアリシアの兄的な存在だ!」
「――兄、だと?」
突っ込みどころ満載の自己紹介をはじめたギュンターに蹴りを入れたくなったサムだったが、友也が「なにか策があるようですから、ちょっと見守ってみましょう」と肩に手を置き止めたので、様子を見ることにする。
ロボも『アリシアの兄』という言葉に思うことがあったのか、ギュンターの言葉を無視せず聞くようだ。
「その兄がなんだと言うのだ?」
「君はアリシアの家族としてウォーカー伯爵家にお世話になるようだが、アリシアが僕の妹ならば――君も僕の妹になるのだよ!」
「なん、だと」
「いやそれはおかしい!」
さすがにサムは我慢できずに突っ込んだ。
リーゼたちも、うんうん、と頷いているし、アリシアも「いえ、幼少期からのお付き合いですが、決してお兄様というわけでは」と否定気味だった。
「つまり、貴様はなにが言いたい?」
「僕のことをお兄ちゃんとお呼び!」
「……は?」
「幸い、君はサムの妻になるつもりはないようだから、妹として歓迎しよう! ようこそシャイト家へ!」
「え? あ、うん。どうも?」
勢いに負けて、小さく頭を下げてしまったロボに満足そうにギュンターが微笑んだ。
「すごいですね、勢いだけでロボに頭を下げせましたよ。ロボが頭を下げるとか初めてみました」
「突き抜けた変態ってすげーね」
ギュンターは友也を感心させしてしまったようだ。
エヴァンジェリンたち魔族勢も、信じられないと目を見開いている。
「では、改めて歓迎会をしよう! メイドたち! 中庭に酒と食事を!」
「いやいや、お前が仕切るなよ!」
「細かいことは気にしてはいけないよ、サム。もともと魔王や竜王たちの歓迎会なのだ、同じ魔王の妹くんが出席できていないのは可哀想ではないか」
「あのね、このロボさんが襲いかかってきたからパーティーが中断されたんですけどね!」
「些細なことさ」
「些細じゃねーよ! こっちはガチバトルだったよ!」
サムの叫びに、誰かが吹き出した。
サムとロボの戦いから張り詰めていた空気が、ギュンターの登場で良くも悪くも変わったのだ。
すると、ダニエルズ兄妹が「待て待て待てぃ!」と前に出てきた。
「ギュンター・イグナーツ! お前からは、お兄ちゃん力をまるで感じない!」
「偽物のお兄ちゃんは排除する!」
どうやらダニエルズ兄妹はギュンターが兄というのを認められないらしい。
だが、ギュンターは不敵な笑みで兄妹に応じた。
「――ふっ。レーム君、ティナ君、君たちはまるでわかっていない」
「なんだと?」
「君が普段感じているお兄ちゃん力と同じ領域に僕が立っているとでも思っているのかな?」
「なん」
「だと」
「僕はね、君たちが感じ取ることができない遙か高い領域にいるのさ!」
「お前の自信はどこからくるんだよ!?」
言い丸められそうになっていたダニエルズ兄妹を助けるつもりはなかったが、このままでは変態が付け上がりそうだったので、サムがいろいろ面倒になってぶん殴った。
「ああん」と気味の悪い声を出して腹部を押さえると、「お、おかわり」と言い出す変態は、魔法少女の衣装と相まっていつも以上に怖いものを覚える。
その間、なぜかギュンターの指示通り、メイドたちがテーブルや椅子を用意し、中庭にちょっとした会場が作られていく。
そんな光景を見ていたロボが、
「――ふっ、ふふっ、あはははははははははははははっ!」
吹き出し、笑い声を上げた。
突然どうしたのだと驚くサムたちや、ロボが大笑いする姿を初めて見た魔族たちは再び目を見開く。
ひとしきり笑い続けた、ロボは目尻に涙を浮かべて、口にした。
「――お前ら、本当に馬鹿だな!」
憑物が取れた表情と声で、笑顔を浮かべるロボがいた。
彼女の過去にどれだけの辛いものがあったのか、サムたちは知り得ない。
だが、ひとりの少女が生きるように願い、レプシーが殺さなかったロボ・ノースランドに、今日、間違いなく大きな変化が訪れたのだった。
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