52「全力を始めます」②





 ギュンターに頼らずサムが自ら張り巡らせた結界に囲まれながら、女は獰猛な笑みを浮かべていた。

 対してサムはこれから実験でも始めようとする子供のように、楽しそうだ。


「この結界は、ギュンターのような繊細で丁寧に張り巡らせた結界じゃないけど、魔力を注ぎ込んだ頑丈なものだ。存分に暴れても構わないよ。まあ、暴れられるなら、ね」


 ぱちん、とサムが指を鳴らすと、虚空から魔力でできた鎖が現れ、女の四肢を、胴を、首を、拘束していく。


「どうかな? 王家の力っていうのは理解できなかったけど、見様見真似で作ったんだ。クライド様はレプシーを一瞬しか拘束できなかったけど……単純な魔力なら俺の方が上だからね。強度はどうかな?」


 かつて、クライドが王家の力というものを使い拘束術を発動したが、レプシーの動きを一瞬しか止めることができなかった。

 その時に込められていた数倍の魔力量を、この鎖には込めてある。

 もちろん、拘束するだけで終わるはずがない。

 女がどれだけ拘束に耐えられるのかも興味深いが、まず、せっかく使った拘束魔法だ。存分に使用感を確かめさせてもらおう。


「このくらいで――俺を封じられると思うなっ!」

「あら、お見事。でもね、まだ続きはあるんだよ」


 音を立てて女が腕に巻き付いた鎖を引きちぎる。だが、首の鎖を女が掴むよりも早く、サムが指を軽く動かすと、鎖が思い切り締め付けをはじめた。


「――がぁっ」

「なになに? 苦しいの? もしかして、このくらいで音をあげちゃったりするの? 言っておくけど、このくらいなら人類代表の変態だって我慢できるはずだよ?」


 ミシミシと軋む音を立てて鎖が女の首に食い込んでいく。

 常人であれば、とっくに骨が砕け、首が千切れていただろう。

 ただ、サムとしては、この程度で終わってしまってはつまらない。


「あのさぁ、もう少し頑張ってくれないかな? あんたから襲ってきたんだよ? 気合見せろよ、いけるって! いけるって! ほら、鎖をちぎれって!」

「ぐあぁああああああああああああああああああああっ!」


 サムの挑発同然の応援を受け、女は見事すべての鎖を力任せに引きちぎった。

 一応、竜を拘束して締め殺すくらいの力は込めていたので、確かに魔王級だと納得する。


「よし、じゃあ、次にいこう!」

「舐めるな! 動けるなら、俺の方が速い!」

「うん。それはわかっているよ」


 女が消えた。

 否。消えたと認識してしまうほど速く移動したのだ。

 間違いなくゾーイよりも速い。

 魔王に至り、強化された動体視力を持ってしても女を追うことはできなかった。


「でも、どうせ俺に攻撃するんだから障壁を張っていれば怖くもなんともない。というわけで、俺の障壁とあんたの攻撃のどちらが上か確かめよう」


 刹那、サムの斜め後ろから爪を振り落とした女が現れる。

 が、不可視の壁に一撃は防がれた――と思われたが、受け損ねたいくつかの爪撃の余波がサムの頬や腕をかすめ、結界中を暴れ回った。


「じゃあ、次は俺の番だね。――ばーん!」


 サムの指から放たれたのは、高密度に圧縮された炎の筋だった。

 ウルの十八番だった炎魔法だが、込められた魔力から生まれる火力は竜王候補の玉兎のブレスと同じくらいであると自負している。

 至近距離で、竜のブレス同等の高火力の一撃を撃たれた女は腕を重ねて防御の体制を取ったが、そんな女をすべて炎が包んだ。

 周囲を覆う結界が大きく揺れ、内面を轟音と業火が暴れ狂う。

 熱量だけで人間なら容易く死に至る炎の渦の中で、サムは「熱っ」と手で顔をあおぎながら平然としていた。

 しばらくして炎が治ると、銀髪をこがして半分ほどの長さになった女の姿があった。


「おおっ! いいね! 全然元気そうじゃん!」


 魔法を試すと同時に、殺意を込めた攻撃をしたのだが、女には余裕があるのがはっきりと見て取れた。

 しかも、いい感じに怒っている。

 魔法のいい的にされていることを理解しているのだろう。


「くだらん! 俺を殺したいのなら、もっと力を見せてみろ! ――五爪雷っ!」


 女が一歩踏み込み、今までにない魔力を込めた爪を振るった。

 腕には白い雷が纏われている。

 雷を纏った斬撃技だと理解したサムは、


「おっと、これは死ぬかも――スベテヲキリサクモノ」


 腕を振るうことなく魔力を乗せた言葉のみで、迫りくる女の右腕の肘から下を斬り飛ばした。




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