閑話「怪しい動きをしています」




 癖のある白い髪に、白いスラックスとシャツを身につけた、白づくめの青年は、結界が完全に破壊されたスカイ王国に悠々と入り町並みを見渡した。


「いい国だね。しかし、まさか、獣の魔王がこれほど思い通りに動いてくれるとは思わなかったかな。さすが、獣以下の畜生だよ。当初の予定だと、ユング・レロード伯爵殿に頑張ってもらおうと、人を使って薬まで提供したのに、まさか相手にもならなかったとはね。まあ、畜生の魔王に期待しよう」


 笑顔を浮かべながら、結界がなくなったことで動揺する住人たちの合間を縫って男は軽い足取りで進む。


「畜生の王に心酔する畜生にサミュエル・シャイトの情報を渡して唆してみたけど、こんなにうまくいくのなら彼が魔王に至る前に仕向けたかったね。僕の計画のために、彼はいない方が面倒がなくていいのだけどね」


 青年は歩きながら、上空で戦うサムの姿を見つけた。


「あの子がサミュエル・シャイト君か。なるほど、強そうだ。実をいうと、僕の計画に立ち塞がるのはウルリーケ・シャイト・ウォーカー君だと思っていたのだけどね。ただ、時にはこのような想定外が起きた方が、物事にもやる気が出るというものだ」


 茫然と空を見上げている屋台の店主に声をかけ、林檎を買うと、青年はシャツで軽く磨いてからかぶりついた。


「それにしても、あの子の斬り裂く能力は不思議だ。対象を斬ることだけに特化したスキルというのは珍しいが、そんなスキルを剣がまともに使えない子が持つというのも興味深い。なにか意味があるのか? それとも偶然か? さて、彼を僕の計画に組み込めるかどうか……少し悩ましいね。やはりこのまま獣の王に殺してもらったほうがいいのだけど」


 上空で楽しそうに戦うサムを見て、青年は苦笑した。


「果たして、畜生程度にあの子が負けるかどうか。僕は、サミュエル・シャイトが勝つと思うな」


 青年は誰にも気づかれず、誰にも認識されないまま、スカイ王国の至る所を歩いた。

 そして、残念そうな顔をする。


「探し物は見つからなかったか。一部、確かめたところもあったけど、あまり大きく動けないのが残念だね。とはいえ、派手に動いて、あの気持ちの悪い魔王に見つかるのも怖い」


 青年の警戒は魔王遠藤友也にあった。


「有力候補のひとつだったので、期待していたのだけど――見つからないものだね。封印を解く手段は得たのに、彼女そのものが見つからないのだから困ったものだよ。よほど、神々は彼女を寝かしておきたいらしい」


 独り言を続けながら、もう用はないと青年は踵を返した。


「畜生を利用してこの国を滅ぼすことも考えたけど、人間は彼女の愛する存在だからね。大切にしないといけない」


 だからこそ、残念だ、と青年は肩を竦めた。


「君が人間のままだったら彼女に気に入られたのかもしれないのに、魔王などに至ってしまったせいで排除対象だ。いずれ、僕と君は戦うだろう。その時に勝つのは僕であることは間違いない。だから、それまでこの愛を隠された世界を楽しむといい」


 青年は一度振り返り、戦いの決着がつきそうなサムを見た。


「サミュエル・シャイト君――女神の復活は近いよ」




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