閑話「真なる魔王の父親です」




「……早くヴァルザードとジーニアスが帰ってこないかしら。あの子たちはまだ世間知らずだから、問題を起こしたら困るわ。ちゃんと力の制御ができているかしら、拾い食いとかしていないかしら、変な女に引っかかっていないかしら」


 元魔王オクタビア・サリナスは、家出した息子ヴァルザードと、迎えに行ったジーニアスの帰宅を待ち、居ても立っても居られない状況だった。

 母親として迎えに行きたい気持ちは強くあるが、複数の魔法の維持と他の子供たちもいるためおいそれと家を離れることができないのだ。


「心配している君も素敵だよ」


 家の中から窓の外を眺め、息子たちの帰りを待つオクタビアに男の声がかけられた。

 オクタビアは驚くこともなく、声の主に振り返ると薄ら頬を染めてはにかんだ。


「――あなた」

「久しぶりだね、オクタビア。子供たちは元気かな?」

「ええ、もちろんよ。最近は少しわんぱくになってしまったのだけれど、子供は元気が一番よね」

「もちろんだとも。それにしても、かつて魔王として恐れられていた君が、エプロンをしてお母さんか……とても似合っているし、素敵だよ。僕は、君と会うたびに君に恋してしまう」

「もうっ、あなたったら! 相変わらず口がうまいんだから!」


 まるで少女のように顔を赤らめて身じろぎするオクタビアに、男は柔らかい笑みを浮かべた。

 オクタビアに「あなた」と言われたのは、二十歳ほどの青年だった。声はもっと若く聞こえるが、すらりとした長身に、白いスラックスとシャツの姿だけの彼は大人びて見える。

 癖のある白い髪を耳の上で丁寧に揃え、眉も整えられていた。すっきりとした鼻梁と、薄く艶やかな唇。長い睫毛に形のよい瞳を持つ青年は、すれ違う女性の視線をすべて集めるほどができる美青年だった。


「以前の君は恐ろしく、そして冷たい人だったけど、子供を産み母になったことで柔らかな母性溢れる人になったね。そんな君に胸がときめくのを抑えられないのだけど――今はなんとかしよう。大切な話をしにきたのだからね」

「……もしかして女神が見つかったの?」

「すまない。いくつか封印されている場所の候補は見つけたんだが、調べることは困難だろう。もう少し時間がかかると思う」

「謝らないで。私たちは魔族なんだから、時間はまだたくさんあるわ。それに、時間に猶予があればヴァルザードたちはもっと強くなると思うの」

「そのことなんだが――」


 子供の未来に期待するオクタビアの言葉を青年は遮った。


「どうしたの?」

「時間があることはいいことだ。僕たちの戦力を増やすこともできる。先ほど、少し子供たちを見たんだけど、素晴らしいね。本当に強く育った」

「あなたと私の子供ですもの」

「そうだね。私見だが、魔王ダグラスや魔王エヴァンジェリンよりは強いだろう。もっとも彼らにも特殊な力があるから断言はできないが、単純な戦闘能力と潜在能力だけなら子供たちのほうが上だと思う」

「ヴァルザードとジーニアスならもっと強いわ。魔王ロボでも倒せるでしょう」

「それは素晴らしい! だからこそ、提案だ!」


 青年は、嬉しそうに、楽しそうに、言葉を続けた。


「子供たちを掛け合わせよう」

「え?」

「数年前は、今の子供たちで満足していたけど、時間があればもっと強い子を作ることができると思うんだ。さらに時間があるのなら、さらに掛け合わせてもいいし、僕たちが相手をしてもいい」

「……あなた、どうしてそんなことを……まるで子供たちを家畜や実験動物みたいに」

「――おや? おかしいね?」


 提案に動揺と拒絶を見せたオクタビアに、青年は首を傾げるも、すぐに「ああ、そうか」と何かを納得したように彼女の顔を掴んで無理やり視線を合わせた。


「――なにを言っているんだい? 彼らは僕たちの子供だが、家畜であり実験動物じゃないか。そもそも、複数の種族を掛け合わせ、掛け合わせ、掛け合わせた末に最も出来の良かった個体と君が繁殖し、産んだのが今の子供たちだろう? ならば、その続きをしようというのさ。もっと素晴らしい個体が生まれたら、気持ち悪いが僕も繁殖のために力を貸そう。いいよね、僕の愛しいオクタビア?」


 青年の声と、瞳に、オクタビアは少しの間ぼうっとするも、すぐに頷いた。


「そうね、そうだったわね。どうして忘れていたのかしら」

「君は優しい女性だからね。つい子供たちに情が移ってしまったのだろう。もちろん、僕も子供には愛情を持っているよ。でも君は僕以上のようだね。やはり君を伴侶に選んでよかった」

「あら、そんなに喜ばせないで」

「いいじゃないか。僕はなかなか君と会えないから寂しいんだよ。おっと、せっかくこうして君に会いにきたんだ。可愛い子供たちに僕を紹介してくれないかな?」

「もちろんよ! きっとお父さんが会いにきてくれたことを喜ぶわ」


 嬉しそうに胸の前で手を合わせたオクタビアは、青年の手を引き子供たちのもとへ向かう。


「慌てないで。僕もすこし身嗜みというか、格好つけてから子供たちに会いたいな。父親として第一印象は大事だからね」

「もうっ、あなたはいつだって素敵よ」

「君も口が上手になったね」


 夫婦のやりとりを楽しみにながら、青年は――嗤った。




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