27「びっくりしました」③




(結局のところ、ジュラ公爵がどう思っているのかはわからない。だけど、ふたりで話をしたいというのなら、しよう)


 みんなの話を聞き、ジュラ公爵の自分への感情はさておき、ちゃんと向き合うことに決めた。

 ただ、お呼びがかかるまですることはないので、そろそろ食事でも、と考えていると、


「……ただいま帰りました」


 キャサリンに連れて行かれた青牙が、肩を落として帰ってきた。

 その様子には、魔法少女がどうこうという感じではなく、別の何かにショックを受けたように思われた。

 青樹とエヴァンジェリンがたまらず、兄を気遣う。


「に、兄さん、どうしたの?」

「魔法少女に屈したのか?」

「魔法少女に関しては勉強になった。あのように多種多様の魔法少女が存在し、愛と勇気のために戦うのであれば、男でも少女になれるのだと知った。驚きはしたが、私の視野が狭かったことを思い知らされた」


 青牙の台詞に、一同は顔を見合わせてなんとも言えない顔になった。


「兄貴、終わったな。どうせこの後の展開も読めるぜ、魔法少女になるんだよな」

「うわぁ、きもぉ」

「そんなことはどうでもいい! もっと衝撃的な出来事があったのだ!」


 あれほど魔法少女に熱を入れていた青牙が、「どうでもいい」と言うのだ。サムたちは、彼に何が起きたのか心配した。

 マイペースだった炎樹も息子の変わりように、ワインを飲む手を止めて尋ねた。


「青牙、どうした?」

「……人間の寿命が短いことを、いいえ、私たち竜と時間の流れが違うことを実感しました」

「なにを言っている?」


 青牙の言葉の意味をさすがの竜王も理解できなかったようだ。

 サムに助けを求めるように視線を向けたので、聞いてみることにした。


「青牙、あのさ、なにがあったの? もっとわかりやすく教えてくれない?」

「聞いてくれるのか、サムよ。この哀れな私の話を」

「なんか急に面倒臭くなったな、あ、うん、聞くけどさ」

「――初恋の人と再会した」

「へえ。そんなこともあるんだねぇ……えぇえええええええええええええええええええええええええええ!?」


 サムが叫び、一同は目を点にした。

 口を開けたまま固まるサムに変わり、エヴァンジェリンが恐る恐る尋ねる。


「あ、兄貴、なんて言った?」

「だから、初恋の少女と再会したのだ。いや、もう少女ではなかったが」

「この国の人間だったの? つーか、人間に初恋しながら今まであの態度だったのかよ! というか、どこの誰だよ!」

「エヴァンジェリン! ひとつひとつ聞くのよ! こっちが混乱するでしょ!」


 青樹がなんとか冷静になろうと声をかけるも、そう簡単には無理だ。

 青牙や青樹が竜の里からちょくちょく出ては人間と交流があったのは聞いていたが、まさか人間に恋するようなことになっていたとは思わなかった。


「遡るほどに二十年ほど前のことだ。長老どもの小言が嫌になり家出した私は、とある小さな町で可愛らしい少女と出会った」

「あ、なんか語り出した」


 邪魔する必要がないので、サムたちは耳を傾けることにした。

 炎樹やカルなどは、青牙の思い出話を酒のつまみにしようと再びワインを飲み始める。


「目に映る人間社会が眩しく、竜にはない食べ物や娯楽がある人間を羨ましく思っていた私に、理由はわからないが声をかけてくれた少女がいた」

「えっと、その人が初恋の人?」

「そうだ。彼女は心が綺麗な少女だった。エヴァンジェリンや青樹のような気が強い女ではなく、太陽のような笑顔を絶やさない向日葵のようだった」

「大きなお世話だ!」

「気が強くて悪うございましたね!」


 妹たちが文句を言うも、青牙は思い出の中に浸っていて聞いていない。


「思えば若かった。いや、今も若いが、少女の笑顔に私は心を奪われたのだ。しかし、私は竜であり、当時は竜王候補として里に戻らなければと思った。彼女と過ごした時間は宝石のようだと感謝し、想いを告げた。そしてまた再会しようと約束をしたのだ」

「なんで会いに行かなかったんだ?」


 サムのもっともな疑問に、青牙は苦い顔をした。


「半日前の私の傲慢さは知っているだろう? 長老たちから人間は愚かだと教えられていた私だが、少女と出会いその考えは変わったのだが……長老たちに毎日ああも言い聞かされてしまうとな……思い出が色褪せてしまったのだよ」


(その長老って奴らとは一度話をしないといけないな。これ、他の竜の教育にもよくないでしょ)


「だが、まさか、この国で、今日、再会するとは! しかし、時間の流れとは残酷だ」

「ひどいブスになっていたっすか?」

「カル、お前は黙ってろ」

「はいっす」

「私には先日のことだったが、人間には十分すぎるほど長い時間だった。彼女は、結婚し、子供を産んでいたのだ」

「あー」


 それは残念だとしか言えなかった。


「だが、向こうは気付いてくれた。私は動揺してしまって、逃げてしまったが、サム、頼む、もう一度話がしたいので一緒に来てくれ!」

「それはいいんだけど、名前とかはわかるの? わからないと、探しようがないんだけど」

「問題ない、彼女を呼ぶ名を偶然聞いたのだ。――シフォン・ドイク」

「ドイク……あれ? どこかで聞いたことがある名前だな」


 記憶に引っかかる家名だったがはっきりと思い出すことができない。

 とはいえ、名前がわかればすぐに会えるだろう。

 サムがそう思い、青牙に声をかけようとすると、


「――――――――ま」


 なぜかギュンターが小刻みに震えていた。


「ギュンターどうしたの? あ、もしかして、シフォン・ドイクさんを知っているとか?」

「ママのママの名前だよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「は? あー! なるほど、ドイクってどこかで聞いたことがあると思ったら!」


 ぽん、とサムが手を叩いた。

 ギュンター・イグナーツの妻クリー・イグナーツは、結婚前はクリー・ドイクだった。


「って、そんなことあるぅううううううううううううう!? 世の中狭すぎるだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」




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