26「びっくりしました」②
「待って、待って待って待って」
しばらく硬直したサムが我に返ると、信じられないとばかりに目を剥きギュンターに詰め寄ろうとして、やめて一同を見渡した。
さすがに竜王やエヴァンジェリンは知らないようだが、情報収集に抜かりのない遠藤友也とカル・イーラは知っているようで頷いた。
「ジュラ公爵が俺の父親を知っているのは聞きましたけど、婚約者だったなんて」
正直、反応に困ってしまう。
優しげな笑顔を浮かべた彼女は、自分を見て心中はどうだったのだろうか、と思う。
「……なんていうかさ、ジュラ公爵に絶対よく思われていないよね」
「それはどうだろうか」
サムの呟きにギュンターが反応した。
「僕は常にサムを見守っているが、ジュラ公爵は君に対して敵意や憎しみを抱いていないようだったよ。もちろん、隠しているだけかもしれないがね」
「そりゃ、大勢の前で俺に悪い態度は取らないだろ。そんなことをしたら向こうの立場が悪くなるって言うか、変な勘ぐりをされるだろうし」
「だろうね。しかし、ジュラ公爵は本当に君を恨んだり憎んだりしているのかな?」
ギュンターの問いに、「そりゃそうだろう」とサムは返事をした。
サムは、父ユングと母メラニーの間に生まれた子だ。
ジュラ公爵が父親と結ばれていたら、存在しないのだ。
つまり、ジュラ公爵にとってサムの存在は、婚約者が自分以外の女性と作った証拠だ。
サムの存在を憎まずとも、面白くはないだろう。
「あー、ダーリン。こういうことはあまり言いたくないけど、昔の相手ってなかなか忘れられないかもしれねーぜ。関係にもよるんだろうけどさ」
「エヴァンジェリン……そう、だよね」
エヴァンジェリンの言葉に、サムは思い出した。
かつて彼女は、孤独であったところを人間の男に愛を囁かれ、竜の里の外へ出た。しかし、待っていたのは幸せな生活ではなく、魔王に至ってしまうようなものだった。
今でも男を恨んでいるのか、憎んでいるのか聞いたことはないが、いくら長く生きているからといって簡単に忘れることはできないのかもしれない。
「いやいや、昔の男なんてさくっと忘れちゃいますって。上書き上書き!」
「男がいたことのないてめーの言葉にはなんも説得力なんてねーんだよ!」
「ちょ、エヴァンジェリンさん! それを言ったら戦争っすよ!」
カルの持論にエヴァンジェリンが突っ込みを入れ、ふたりが額をぶつけて睨み合う。
「一生、男ができねえ呪いをかけてやろうか、ああ?」
「……すんません。それだけは勘弁してください。私、お嫁さんになること諦めていないんで」
サムは、駄目元で友也を伺ってみる。
だが、彼は苦笑いを浮かべて肩を竦めるだけだった。
続いて、友也の背後にいるメイドたちに視線を向けてみる。
「わたくしたちは友也様一筋ですので」
「他の男なんていらないぜ!」
ケイリィとウェンディの断言に、喧嘩をやめてエヴァンジェリンとカルが「おおっ」と感心し、ギュンターが拍手し、友也は照れたように頬をかいた。
竜王はワインに夢中で、青樹は話に混ざりたいのか少しそわそわしているが、タイミングが掴めないようだったの。なので、サムのほうから尋ねてみた。
「えっと、青樹はどう思う?」
「え? わ、私?」
まさか話題を振られるとは思っていなかったようで、驚きつつもちょっと嬉しそうな顔をする青樹。
「そうね。……引きずる場合だってあるわよ。私だって……」
「あー、青樹さんはレプシーさんに振られましたもんね。しかも三度も」
「――お前っ、なに勝手に暴露しているんだよ!」
意味深なことを青樹が口にしたと同時に、カルがすぐ暴露してしまった。
「青樹……お前、三度も」
「うっさい! いいじゃない! あんな素敵な男に惚れないはずがないでしょ! レプシーを封印したスカイ王国を何度灰にしてやろうかって考えたんだから!」
エヴァンジェリンも姉の恋愛事情を知らなかったようで、驚いていた。
「言っておくけど、サミュエル・シャイト。別にレプシーを殺したからって、あんたのことを恨んでいないわ。あの人が望んでいたことだし、きっと家族と再会して幸せよ」
「……そう言ってくれると助かるよ」
「というか、ジュラ公爵っていう女も、私と同じじゃないの?」
「三回もふられたって言うのがか?」
「うっさい、エヴァンジェリン! その口、縫い付けるわよ! そうじゃなくて、そのおばさんだって、あんたの父親に思うことがあっても、息子まで理不尽な感情をぶつけないでしょってこと!」
青樹の言葉に一同が拍手をした。
「いやー、エヴァンジェリンさんを目の敵にしてきた青樹さんの言葉だと説得力ないっすねー!」
「うるせぇ!」
「あのね、カル。そこは成長したと言ってあげましょうよ。この数時間で成長できるなら、さっさとすればよかったのに、とも思いますがね」
「変態魔王もフォローになってねえよ!」
叫ぶ青樹だったが、以前の彼女にはない柔らかな雰囲気を纏っていた。
カルと友也も、分かった上での軽口だろう。
「ありがとう、青樹。とても参考になったよ」
「ふん。人間の感情に竜を付き合わせるな」
鼻を鳴らす青樹だったが、彼女の頬には赤みが差し照れているのがわかった。
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