23「嫌な予感がするそうです」




「リーゼロッテ様! あの、ぜひ、シャイト様や皆様のお話をお聞かせくださいませんか!」

「あ、ずるい! わたくしもぜひお聞きしたいですわ!」

「こら、あなたたち、リーゼロッテ様は身重なのですから気をつけなさい! そうですわね、どこかお席に座ってゆっくりとお話を」


 リーゼは、自分に集まる貴族の令嬢や、騎士や商人の娘たちに囲まれて疲れた笑みを浮かべていた。

 先ほどまで、親子で挨拶をしてようやくひと段落と思った矢先、今度は十代前半から二十歳手前までの少女たちが集まってしまった。

 これには苦笑いを浮かべるしかない。


(……サムの人気はすごいわね)


 親子で挨拶にきた令嬢なども、改めて少女たちの輪に加わっているのが確認できた。

 親に命じられたからか、自分の意志なのかまでは不明だが、間違いなくサムに近づきたいという理由であることは明白だった。


(意外と……なんて考えたら失礼なのだけど、純粋にサムに憧れている子も多いのね)


 十代後半となると少女たちも打算ありきという感じだが、十代前半の幼い少女たちはサムのことを聞きたいと瞳を輝かせているのがわかる。

 結婚相手として優良物件とされるサムは、その活躍、力、魔王たちとの交友関係など、喉から手がでるほど欲しい存在であろう。

 そういう意味ではそうそうに王家と関係を持ったというのはいいことだった。

 いくらサムが王族の血を引いているとはいえ、今までは宮廷魔法使いでしかなかった。

 無論、王国最強の肩書を持っていたが、王族として扱われてはじめた今の方が周囲の人間たちも手出ししにくくなっていた。


 単純な力でサムに勝てないのは、今も昔も変わらないが、以前までなんとか可能だった絡め手も今は使えなくなった。

 王家の青を身につけ、パーティーに出席したことで、スカイ王家はサムを王家の人間と認めたことになる。

 それ以前にステラ王女と結婚していたので、王族関係者だったのだが、二重の意味でサムの立場は強固になった。


 それなりに力のある貴族でも、サムに結婚を無理強いすることはできないだろう。

 ならば、周囲から攻める、というのが世の常だ。

 リーゼは、サムの第一婦人ではあるが、一度結婚し離婚した過去がある。

 サムはそのことを気にしていないし、リーゼももう乗り越えた。しかし、初婚の他の妻たちと違い、リーゼならばなんとか説得できるかもしれないと思われていた。


 実際、今日あった貴族のほとんどが、出戻りのリーゼが正室になれるならうちの娘だって構わないだろう、くらいのことを直接的ではなくとも言われた。

 だが、今、この場に集まりサムのことを知りたいと瞳を輝かせている少女の多くは、若干の打算もあるだろうが、サムに純粋に憧れ、話を聞きたがっている。

 微笑ましく思う。


(妻の私がこんなことを言うのはあれなのだけど、この子たちにサムの妻は務まらないでしょうね)


 器量の良し悪しではなく、良くも悪くもトラブルに愛されたサムと結婚し、人生を共にしていくのは並大抵のことではない。

 今ならもれなくおまけでギュンター・イグナーツというスカイ王国始まって以来の変態がついてくるのだ。

 リーゼたちは幼少期から幼なじみであり、兄として関わってきたが、耐性のない子ではギュンターの存在だけでお腹いっぱいだろう。

 そこに、さらに女神兼魔王、魔王、準魔王、竜王、竜の家族ともれだくさんの特典がついてくるのだ。

 憧れや打算だけでは、いずれついていけなくなるだろう。


(……そういう意味では、クリーは強いわね。十二歳でギュンターを手玉に取り、義両親との関係も完璧、最近ではギュンターの部下からも尊敬されているのだから、なにをしているのやら)


 ふう、と嘆息しリーゼが、集まる少女たちをどう相手にしようかと悩んでいると、青いドレスで着飾ったステラが現れた。

 王女の登場で、少女たちが口を閉じて、一礼する。

 ステラは笑顔で返した。


「ご歓談中申し訳ありません。リーゼを借りてもいいでしょうか?」


 ステラの願いに、反論の声はなかった。

 リーゼは「ごめんなさい。またの機会に」と少女たちに告げると、会場を抜けてテラスへ移動する。


「どうしたの、ステラ?」

「大変なことになりました。先ほど、ジュラ公爵がサム様とお会いしたそうです」


 リーゼもジュラ公爵のことは知っている。

 直接言葉を交わしたことは、父の派閥の関係のため数える程度しかないが、そう悪い人だとは思ったことはない。

 先ほどのレロード伯爵の騒ぎも知っていたので、サムとジュラ公爵が顔を合わせても不思議ではないと思っていた。


「なにか問題でもありましたか?」

「大問題です! リーゼは覚えていませんの? ジュラ公爵がかつて誰と御婚約されていたのか!」

「――――――あ」


 リーゼは思い出した。

 ジュラ公爵は、サムの父親ロイグの婚約者だった。


「ジュラ公爵がサム様にどのような感情をお持ちなのかわかりませんが、なんだか嫌な予感がします」

「サムは今どこにいますか?」

「それが、見当たらないのです」

「ギュンターが近くにいるのでは?」

「……クリーが会場入りしたので、ギュンターはもう駄目です」


 刹那、悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、ふたりは聞こえなかったことにした。


「今までのサム様のトラブルの愛されようを見ていると、なんだかとても不安です」

「……そうですね。サムを探しましょう」


 リーゼとステラは頷き合うと、サムを探し始めたのだった。




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