24「父と義母と娘です」




 フランチェスカ・シャイトは、知り合いの貴族たちと挨拶を終えて、レモンの絞られた冷たい水を飲んで一息ついていた。


「……疲れちゃった。思い出したけど、貴族の挨拶って面倒だったのよね」


 かつて父と挨拶回りをしていた頃を思い出す。

 ここ数年、社交界に顔を出すことはなかったが、サムの妻のひとりとしてパーティーに参加してみると、なかなか大変だった。

 知り合いと久しぶりに顔を合わせて談笑することは問題なかったが、父の失脚と同時に離れていった人間が愛想笑いを浮かべておべっかを使ってくることへの対応は不快の一言だった。


(よくもあれだけ父を馬鹿にしていたのに、自分の子供と変わらない年齢の私にペコペコゴマをすれるわね……あれだけ面の皮があつくなければ貴族としてやっていけないのかしらね)


 過去のことは忘れましょう、と言ってきたが、父を馬鹿にした人間の言葉ではない。

 挙げ句の果てに、娘をサムの側室にしたいので口をきいてほしいなどと、よく頼めたものだとある意味感心する。

 かちん、ときたフランは「ギュンターの許可をもらってきてからにしてください」と笑顔で言ってやった。さすがにあの変態と真っ正面から関わることは怖いようで顔を真っ青にしていたが、すぐにいいことを思いついたと顔を輝かせるとこの度は父の側室へどうかと言い出したのだ。


 フランにしてみれば、変態だが気さくなギュンターよりも、愛が重すぎるレイチェルのほうが怖い。

 まだ十代半ばにして大人とやりあえる力を持ち、その力を使うことに躊躇いがないのだ。

 基本的に興味がなければ無関心のギュンターに比べると、レイチェルは一度でも邪魔だと思えば排除対象にされてしまうので、不用意に関わっていい相手ではない。


 もっとも、フランとしては年下の義母となったレイチェルに「ママ」と呼んでほしいとお願いされるなど、可愛がられているし、サムたちとの関係も良好だった。


「おう、フランじゃねーか」

「あら、お父様」


 妊娠中のため、酒を飲むことができないフランは、まるでビールを煽るように水をゴクゴクと飲んでいると、グレーのスーツに身を包み珍しく髭を剃った父デライトから声をかけられた。


「わたくしもいますわ、フラン!」

「……お母様も」

「ママと呼んでくださいな!」

「お変わりなく何よりです」


 父の隣には手を組むレイチェルの姿もあった。

 彼女は水色のドレスを身に纏っているものの、かつて社交界に顔を出していた時とは違い、全体的に大人しい印象を受ける。


「つーか、お前はどうして水を酒みたいに飲んでんだよ。おしとやかにしろなんて言わねえけど、お前も嫁に言ったんだからもっと体裁をだな」

「あら、お父様に体裁を説かれる日がくるなんて思いませんでした」

「……いや、そりゃ、俺にはそんな資格がねえっていうのはわかっているが」

「冗談です。いろいろあって苛立っていただけです」


 フランの言葉に、デライトはいろいろ察したようだ。

 きっと父にも鬱陶しい貴族が群がってきたのだろう。


「どうやらお父様たちも大変だったようですね」

「あー、なんつーか、俺のほうはレイチェルが全員追い払ってくれたんだ。向こうさんも相手が王女様じゃ、余計なことは言えねえみたいでな」

「夫を守るのは妻の役目ですわ」

「……レイチェル様、どうもありがとうございます」

「お礼なんて必要ありませんわ。わたくしたち、家族ではありませんか」


 にっこりと笑顔のレイチェルと、そんな彼女に頷く父。

 短い間に、ずいぶんと仲良くなったようだ。

 一時はどうなることかと思ったが、安心した。


「……それにしても、お父様は痩せましたね。反対に、レイチェル様は艶々しているといいますか、充実そうですね」


 中年太りとは縁がなかったデライトは、引き締まった身体だったはずだが、久しぶりに見た父の姿は若干痩せていた。

 レイチェルのほうは、腰回りが充実し、見違えたように大人びている。


(これは随分と搾り取られているみたいね……口にはしないけど)


 いろいろな意味で搾り取られている父の姿に苦笑しつつ、なんだかんだ幸せそうなので娘としては一安心だ。

 そう遠くない内に、腹違いの弟か妹ができるだろう、とフランは苦笑したのだった。




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