20「レロード伯爵は激怒したそうです」




 ユング・レロードは、複数用意されてある控え室に入ると、テーブルに並べられているグラスや水差しを床に放り投げ、それでも怒りが収まらずにテーブルをひっくり返した。


「くそっ、くそっ、くそっ! ジュラ公爵め、あのババァ! 自分のほうが爵位が上だからだといって、私に、このユング・レロード伯爵に恥をかかせるとは!」


 相手が来賓だろうと、魔王だろうと、貴族たちの集まる場所で頭を下げさせられたことはユングにとって到底我慢できないことだった。

 プライドの高い彼にとって、どこの馬の骨ともつかぬ子供に頭を下げただけではなく、謝罪したのも気に入らない。


「私が被害者ではないか! お気に入りの服を破かれ、ズボンどころか下着までずり下ろされたのだぞ! 目をつけていた女にも笑われて――その上、謝るのが私なのはおかしいではないか!」


 壁を殴りつけると、会場から出てきたユングに慌ててついてきた従者の少年が怯えた。


「ギュンター・イグナーツめ、スカイ王国の恥さらしの分際で、私の尻が汚いなどとよくも言ったな! ジュラ公爵も粗末などと言いおって! ――おいっ!」

「は、はい!」


 荒らげた声をかけられ怯える従者の少年に、レロードはなにを思ったのか、ズボンをおろし、尻を露出させた。


「よく見ろ! 私の尻は汚いのか!? 粗末なのか!?」

「…………そんなことは、とてもお美しい臀部です」

「わずかの間があったな! どういうことだ!」

「ひぃ、お許しを!」

「もういい、出ていけ!」


 逃げるように部屋から飛び出した従者のせいで苛立ちが増したユングだったが、深呼吸してなんとか怒りを抑えようとした。

 まず帰宅してそのあと鬱憤を晴らせばいいと考えたのだ。


「……まず、着替えだな」


 控室には着替え等は自由に使っていいことになっている。

 破けた服で王宮の中を歩くことはプライドが許さないので、着替えることにして、クローゼットを開けた。


「――ふざけるな!」


 ばんっ、と勢いよく開けられたクローゼットが再び閉められる。


「いや、待て、そんなことはない。私の見間違いだった、そう、そのはずだ」


 再びクローゼットを開き、


「ちくしょう!」


 八つ当たり同然でクローゼットを蹴り飛ばした。


「なぜ替えの服が魔法少女の衣装しかないのだ! あの変態筋肉以外のっ、誰がっ、こんなものを着るというのだっ!」


 ユングの怒りはもっともだった。

 クローゼットの中には、ぎっしり魔法少女の衣装が敷き詰められていた。

 ご丁寧なことに、ピンク、紫、緑、黄色、赤、白、透明まである。


「どこの誰がこんなものを用意したのだ! あの狂った一族以外に着るわけがないだろう!」


 抑えようとしていたユングの怒りは、魔法少女の衣装によって限界を超えた。


「殺してやるっ、ぶっ殺してやる! 魔王も、竜もしったことか! 公爵も、王族も、みんなぶっ殺してやる!」


 完全に怒りに支配されたユングは、もう正常ではないのだろう。

 目を血走らせ、唾を飛ばして怒鳴り続ける。


「すべてはサミュエル・シャイトが悪い! あの変態ギュンターに小馬鹿にされたことも、ジュラ公爵に侮辱されたのも、サミュエル・シャイトのせいだ! 奴がいなければ、今頃、私は――!


 きっとサムがこの場にいたら、「言いがかりすぎる!」と叫んだだろうが、残念なことにユングにツッコミを入れる人間も、止めてくれるような存在もいなかった。


「許せぬ! 絶対に許すものか! 八つ裂きにしてやる! あのガキを殺し、女たちを慰みものにしてから他国へ売り払ってくれる!」


 魔王遠藤友也に不用意に関わってしまったせいで、ユング・レロード伯爵は正常な判断ができなくなった。

 そして、彼の理不尽極まりない怒りは、なぜかサムに向くのだった。




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