27「竜の生まれです」③




 ひとつの力から生まれた二体の竜は、強い青竜だった。

 炎樹は驚いた。

 まさか自分が不要とした力から、竜が生まれるとは思わなかったのだ。

 二体の竜は、炎樹のことを母と認識していた。

 初めてできた、血と力と肉を継承する竜を炎樹は喜んで受け入れた。


 赤竜から生まれた青竜の二体に、青牙と青樹と名をつけた。

 立派な牙を持ち、たくましく育つであろう雄の竜に青牙と。

 樹木のようにしなかやかで美しく育つであろう雌の竜に青樹と。


 炎樹は子供たちに空の飛び方、泳ぎ方を教え、力の使い方を授けた。

 百年ほど経過すると、立派な竜になった。

 少しずつ、自立するようになり、母として寂しく思うようになった。

 そんな時、長老たちが「竜王様の後継にふさわしい竜に育ててみせます」と青牙と青樹の教育をしたいと申し出てきた。


 正直なことを言うと、強い竜である青牙と青樹だが、今の自分と同等の強さに成長できないことはわかっていた。

 口に出すことはしなかったが、青牙と青樹は炎樹が捨てたひとつの力がふたつの生命となった竜だ。

 つまり、力が二分されてしまっているのだ。


 この世界で生まれ育った竜よりは強くとも、歴代の竜王より強くとも、竜王炎樹の後継者にはなれないと考えてしまった。

 しかし、我が子が可愛いのは変わらず、愛しているのも本当だ。

 何よりも、炎樹自身が竜を束ねるのに竜王という立場が必要だっただけであり、それ以上の意味合いを持ち合わせていない。

 子供たちに継がせるつもりはなかったし、そもそも自分が死に絶えるときは、世界が朽ちるときだ。


 世代交代などあり得ないと思い、気にしなかった。

 長老たちが青牙と青樹を教育することで気が済むならそれでよしと任せてしまった。


 ――だが、月日が流れ炎樹はこの選択を後悔することとなる。


 再び、睡眠と行動を繰り返すようになった炎樹は、ある日、強い生命の鼓動を感じ取った。

 炎樹がこの世界にやってきてから、青牙と青樹が生まれてから、この世界でも強い竜が生まれるようになった。

 中には、自分さえ現れなければ竜王になっていたであろう個体もいた。


 あちらの世界では龍は産まれながら龍であり、自然そのものだ。

 しかし、この世界では違う。

 竜とは生物だ。

 時折、自然から生まれる個体もいるが、竜が繁殖して生まれることのほうが多い。

 ゆえに、自然発生した竜は特別視される。

 炎樹の先代竜王も、自然発生した個体だった。

 最近、自然発生で生まれる個体が増えた。そして例外なく強い竜だった。

 なので、また新しい個体がどこかで生まれたのかと思ったのだが、違う。


「――これは、私の力か?」


 かつて海に捨てたはずの力を思い出した。

 空に捨てた力が生命と意志を持ったのだ、海に捨てた力も同じようになる可能性が高い。

 炎樹は深海に眠る力を回収した。


 呪われた黒い力は、この世界の負の感情を吸収し大きくなっていたと、同時に生命が宿っていた。

 しかし、その力に対し、生命は弱く儚げだ。

 炎樹はこの生命を生かしたいと思った。

 青牙と青樹のように、この世界に産まれてほしいと願った。


 ――炎樹は、生命を宿した黒い力を自らの胎に宿し、力を与え、大切に守り育てた。


 生命は大きく成長し、一度捨てたときよりも強力な力となった。

 腹を痛めて産んだ子は、とても愛おしく、かつての世界で親友だったエヴァンジェリンの名を与えた。

 同時期、世界が竜を産んだ。

 エヴァンジェリンが世界の産まれたと同時に解き放った力の余波を受けた、おそらくこの世界で自然に産まれた竜の中で最も強い赤竜が誕生したのだ。


 二体の竜が生まれたことに、竜たちは喜ぶ――はずだった。

 だが、そうはならなかった。

 理由は簡単だ。

 エヴァンジェリンが黒竜であったせいだ。


 かつていた唯一の黒竜は、人間を、魔族を、同胞を殺して回った存在であった。

 すでに滅ぼされているが、エヴァンジェリンの黒い姿を見て、こちらの世界の竜はかつての黒竜を思い浮かべた。

 さらに、エヴァンジェリンの力が、生まれた時点で青牙と青樹を超えていたことも理由だろう。

 竜たちは恐れたのだ。

 自分たちよりも強い黒竜が、いつかまた牙を向くのではないか、と。


 炎樹はエヴァンジェリンが黒竜であっても、愛情もすべきことはかわらなかった。

 かつて青牙と青樹にしたように、竜としてのあり方を教え、愛した。

 しかし、かかりきりになっていたのが悪かったのか、長老たちが黒竜であるエヴァンジェリンをよしとせず、青牙と青樹にもそう教え込んでいた。

 気づいたときには、遅く、兄と姉は妹を「邪竜」と蔑むようになった。


 竜の里でもエヴァンジェリンの居場所は無いに等しく、それでも偏見のない竜がいてくれたが、娘の心が孤独を覚えない日はなかった。

 そして年月が経ち、エヴァンジェリンがひとりの男に夢中になって里を出て――魔王に至った。


「私は深く眠るのをやめ、普通の暮らしを始めた。同時に、里を出て、魔族や人間を観察し……どこかで偶然エヴァンジェリンと再会する日がくると思っていた。だが、それは叶わず、里に帰ろうとしていたとき、お前たちに出会ったのだ」


 すべてではないが、竜の配下である竜種を嬉々として狩るウルリーケ・シャイト・ウォーカーと、その弟子サミュエル・シャイト。

 炎樹は規格外とも言える人間の力に興味を示すと同時に、竜種を狩るウルを諌めようとした。

 結果は、ウルが煽り、サムと戦いとなり、翼を斬り落とされることとなったのだった。




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