「ホワイトデー記念・リベンジです」
鍋の中でぐつぐつと煮えたぎる大量のホワイトチョコレートを前に、裸エプロン姿のギュンター・イグナーツは、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「――かつて、僕はバレンタインデーを失敗した情けない男さ。無様だと笑う人間もいるだろう。しかし! ギュンター・イグナーツはホワイトデーを持って、サムへの愛を知らしめると宣言しよう!」
くわっ、と目を見開いて鍋を睨む。
鍋の中には、王宮御用達の商人にお願いして取り寄せた最高級のホワイトチョコレートが煮詰まっている。
正直、とても熱そうだった。
ギュンターの脳裏にバレンタインデーの出来事がフラッシュバックする。
全身に軽度の火傷を負ってしまい、サムにチョコを纏って食べてもらう計画が破綻したが、今回はそんなミスは犯さない。
「――ふっ。落ち着くんだ、ギュンター。この日のために、熱さに耐える訓練をしてきただろう? そもそもサムに愛を示すことができるのなら、この肉体が爛れようと悔いはない!」
「あの、ギュンター様」
くねんくねん、ポーズを決めながら大きな独り言を叫ぶギュンターに、こっそり厨房を覗いていた妻クリーが恐る恐る声をかけた。
「なにかな? 今、神聖な儀式の最中なんだが、用事があるなら手短に頼むよ!」
「いえ、用事といいますか、疑問なのですが?」
「さっさと言いたまえ!」
「なぜ、煮えたぎるチョコを身に纏おうとするのでしょうか? 人肌くらいの温度でもほどよく柔らかくなりますわよ? 実際、わたくしもそうしましたし」
クリーの真っ当な意見を受けたギュンターは、やれやれ、と肩を竦めた。
「だからママは愚かなのだ! この煮えたぎったチョコレートこそ、僕の愛と同じなのさ! 人肌? ふっ、そこで守りに入ってしまうから、ママはまだまだなのさ! 僕のこの身から溢れんばかりの愛情さえあれば、煮えたぎったチョコレートの熱などないようなものさ!」
「――素晴らしいですわ、ギュンター様! わたくし、感服致しました! わたくしにはできないことを平然とやってしまう、その心意気に感動致しましたわ! ぜひお手伝いさせてくださいませ!」
瞳を輝かせたクリーが鍋を掴む。
「ま、待ちたまえ、まさかとは思うが、ちょっと話あおう、まず深呼吸を――」
「では、いきますわ!」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
熱々のホワイトチョコレートをぶっかけられたギュンターは大絶叫を上げた。
そして、やはり家族との時間を楽しんでいた紫・木蓮が緊急出動となったのだが、さすがギュンターと言うべきか、軽傷だった。
しかし、チョコレートが固まってしまい動けなくなったギュンターが助けを求めたものの、両親含めて誰も助けてくれず、丸一日かけてクリーがチョコレートをペロペロしてくれることで救出されたのだった。
「……来年は普通にやろう」
結果的に、さすがの変態もチョコすら渡せなかったことを反省して、普通のやり方に来年から変更することを決めたのだった。
――注意――
本作の変態は特殊な訓練を受けていますので、決して真似をしませんように。
また食べ物は大切に。
※チョコレートはスタッフ(クリーさん)が、食べました。
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