3「夢のような日々です」②




 サムも王都での日々は順調だった。

 ウルの師匠であり、妻フランの父であるデライト・シナトラ宮廷魔法使いに師事し、魔法使いとして成長していく。

 他にも、花蓮の祖母であり宮廷魔法使いの紫・木蓮とお茶を飲みつつ、魔法の談義に花を咲かせていた。


 若くして宮廷魔法使いとなったサムは、妻ウルリーケと一緒に活躍している。

 困っている人を助け、野盗退治にモンスターの駆除、毎日が忙しい。

 国一番の結界術であるギュンターの補佐があるからこそ、背中を預けて戦える。

 最近、宮廷魔法使いに復帰したウルだが、彼女は補佐は得意とせず、攻撃に特化しているため、気遣いのできるギュンターの価値はあまりにも大きかった。


 いくつかの任務を終えて、王都に戻ってきたサムたちは、陛下に報告すると帰路についた。

 しかし、サムはウォーカー伯爵家に戻らず、そのまま王都を歩き、とある屋敷に出向いた。


「――ぼっちゃま! おかえりなさいませ!」

「おお、ぼっちゃま、ご無事でご帰還なによりです!」

「ダフネ、デリック、ただいま。心配しなくてもウルとギュンター兄さんがいるから大丈夫だよ。それよりもお父様とお母様は?」


 幼い頃から家族同然のダフネとデリックに迎えられて、サムが足を踏み入れたのは、スカイ公爵家だった。

 王弟であり公爵の父ロイグと、母メアリーに、帰還を報告にきたのだ。


「お部屋でお待ちです。さ、お顔を見せてあげてください」

「うん。ありがとう」


 小走りで屋敷の中を走ると、両親の待つ部屋を勢いよく開けた。


「お父様、お母様、ただいま帰還しました」


 部屋の中で待っていてくれたのは、柔和な笑みを浮かべ、人好かれしそうな雰囲気を持つ銀髪の男性――サムの父ロイグ。

 サムと似た黒髪を伸ばし、ポニーテールにした優しそうな美女――母のメアリー。


「息子よ、今回も無事に帰ってきてくれてなによりだ。最年少で最強の宮廷魔法使いになったお前の実力を信じていないわけではないが、心配でたまらなかったぞ!」

「サム、怪我はない?」

「ご心配おかけしました。怪我もありませんよ。ギュンター兄様が守ってくれましたので、俺とウルは敵を倒すことだけを集中すればいいんですからね。この三人なら、どんな相手に立って勝ってみせます」


 胸を張って自信に満ちた返答をするサムに、両親が苦笑する。


「ギュンターの実力は疑っていないが、やはり息子とその妻が戦いに赴くのはやはり心配なのだよ。お前も親になればわかる」

「ギュンター殿にはいつも感謝しています。あなたを弟として可愛がってくださるだけではなく、結界術師としてあなたの背中まで守ってくださる。あれほどの好青年は他にいないでしょう」

「違いない! サムが女だったら、ぜひ嫁に出したいくらいだ!」

「あらあら。ですが、ギュンター殿はクリー殿以外を相手にしませんわ」

「そうだったな! お熱いことだ!」


 ――幸せだった。


 魔法使いとして実力が認められ、宮廷魔法使いとなった。若くして、順風満帆な人生を歩んでいる実感がった。

 愛してくれる両親がいて、愛しい妻たちと家族がいる。

 信頼できる兄もいて、サムはとても幸せだった。


 幸せだった。

 幸せだったのだ。

 とてもとても幸せだった。

 まるで夢のように。


「――てか、夢だよな」


 サムがそう呟くと、世界が止まった。


「ウルがいて、父親がいて、こんな世界があったらいいけどさ。つーか、俺の父親ってこんな顔していたんだ」


 サムが右腕に魔力を込める。


「こんな優しい世界があったら、どんなによかったことか。でもさ、違うだろ」


 魔力が限界まで右腕に溜まり、ひとつの力となった。

 その力にさらなる魔力を込め、サムは規格外な魔力を練り上げていく。


「ウルは満足して逝った。父親だって、自分の意思で選んだ選択の果てに母と別れた。だから、これはありえない。これは違う。これは、今を生きる人たちを馬鹿にしている」


 それでも少しだけ夢を見ていたくて、心地いいぬるま湯に浸かってしまったのは認める。


「だけどさ、一番ありえないのはさ――ギュンターがあんなにまともなわけがねえだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 奴を兄と慕うことなどあり得ない。

 友人としていい奴だが、兄は無理だ。

 現実でそんなことをすれば、調子にのって何をするのかわかったものじゃない。


「いい夢を見せてくれたことは感謝するけど、いい夢すぎて逆に目が覚めたよ! こんな世界はいらないね――セカイヲキリサクモノ」


 サムに使える全力の斬撃で、文字通り世界を斬り捨てたのだった。




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