63「お兄ちゃんです」①




「す、すみません、助けてください」


 ダニエルズ兄弟と、どちらが変態たちに手を貸すかどうか睨み合う。

 お前がいけ、いやいやそちらが、と、やりとりしている間にも変態どもは絡み合っていく。

 ついにはギュンターが艶っぽい声を上げ始め、視覚だけではなく聴覚までも気持ち悪くなりそうだったので、サムは渋々友也を蹴り飛ばした。

 ゴロゴロと砂浜を転がっていく友也と、情事が終わったあとのようにぐったりしているギュンターという目に優しくない光景にサムは背を向けた。


「いたたたた。手を差し伸べるとか他に助けようがあったと思うのですが」

「巻き込まれたくない」

「……そりゃそうでしょうけど。あの、手を洗ってきていいですか?」

「お好きにどうぞ」


 なぜ手を洗いたいのかは聞かないし、聞きたくない。

 友也は静かに海に近づくと、海水でじゃぶじゃぶと手を洗っている。


「さて、と。思わぬ悲劇が起きてしまいましたが」

「そりゃこっちの台詞だよ。心に傷を負ったレベルだからね!」

「起きてしまいましたが! 話を進めましょう」

「さすが魔王。この状況で話を進めるのかよ。つーかギュンターはこれ、どうするんだ?」

「放置でいいでしょう。変態にはノータッチで。どうやら彼と僕の相性がよくないようですし」

「ある意味最高の相性だと思うんだけど」

「やめてください。本当に、勘弁してください」


 魔王ですら関わりたくないギュンターは、もはや呪具かなにかではないかと思う。


「では、仕切り直しましょう。ふたりが、レプシーの兄妹です。兄のレーム君と妹のティナ君です」

「マジかぁ、そこからやり直すんだぁ」

「彼らは、言うまでもなく、サムの修行に付き合ってもらいます。修行と言うと、聞こえがいいですが、実際は違います。ふたりには、サムを殺すように命じました」


 なるほど、とサムは納得し、思考を切り替えた。

 レプシーの血を分けた実の兄妹であれば、自分を殺したい理由はあるだろう。

 戦う相手にはもってこいだ。


「彼らと戦い、殺されるのか。魔王に至れず死んでしまうのか。それとも、見事魔王に至るのか――すべては君次第です」

「――ああ」

「僕としては縁があるサムに魔王に至ってほしいのですが、こればかりはやってみないとわからないんです」

「大丈夫、俺はリーゼたちに帰るって約束したから」

「……その気持ちをどうか忘れずに」

「ありがとう」


 サムは友也に礼を言うと、真っ直ぐこちらを見ているダニエルズ兄妹に握手を求めた。


「思うことはあるのは承知しているけど、ありがとう」

「礼を言われる義理などない。俺たちは魔王様にお前と戦う機会を頂いた、それだけだ」

「殺してやるから楽しみにしてな!」


 そう言いながらも、ダニエルズ兄妹はサムと握手をしてくれた。


「誤解をしているようなので、言っておくが、俺たちはお前を恨んではいない」

「そうなの?」

「兄は素晴らしい方だった。聞きたいなら語ってやるが、それはお前が生き延びたらでいいだろう。そんな兄が薄汚い人間のせいで暴走してしまった。俺たちには止められなかった」

「兄さんに関わるなって言われたしね」

「解放も魔王様方に止められてしまった以上、なにもできなかった。しかし、兄は解放され、お前に殺された。兄の死は残念であるが、義姉上と姪のもとへ旅立ったのだ。感謝している」

「ただし、感謝しても殺すけどな」


 恨まれていないことに驚くサムに、その理由を語ったダニエルズ兄妹。

 ヴィヴィアンといい、友也といい、そしてゾーイも、レプシーの死に皆が口を揃えて礼を言う。

 魔族だからか、それとも彼らが高潔だからか。

 人間ではこうはならなかっただろう。

 心から慕われているとわかるレプシーともっと話してみたかった。復讐に囚われていない彼と出逢いたかった。


「兄さんを楽にしてくれた感謝を込めて、本気でお前を殺してやろう」

「そりゃありがたい」

「だが、見事に俺たちから生き延び、魔王に至れるというのなら――お前はふさわしい」

「えっと、なにに?」


 首を傾げたサムに、レームは言い放った。


「見事魔王に至ることができたのなら、お前を――お兄ちゃんとして認めよう」

「あ、いいですぅ」


 どのような思考の果てにそうなったのか不明だが、レプシーの兄妹は割と曲者だったと判明した。




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