60「竜が近づいているようです」
「――母上。スカイ王国の領土に入りました。しばらくすれば王都が見えてくるでしょう」
青い竜が二体、悠然と空を飛んでいた。
一体の竜の背中には、王冠を身につけた美しい女性――竜王が乗っている。
息子の報告に、竜王は言葉を返す。
「そうか。村や町は避けて飛べ。不要な混乱を招く必要はない」
「承知しました」
青竜から青年の声が響く。
彼は竜王の息子であり、エヴァンジェリンの兄でもあった。
隣に並んで飛ぶもう一体の青竜も、竜王の娘であり、エヴァンジェリンの姉である。
「お母様? 面倒ごとが嫌なら、私が焼き払っちゃおうか?」
「よせ、くだらん」
「なによ。いい子ぶるつもり?」
兄と妹が唸りを上げると、竜王が静かに、そして威圧を込めた。
「くだらぬ。死にたければ好きにするといい。お前が人間たちを敵に回そうと知らぬ。だが、他の竜を巻き込むな」
「人間ごとき」
「その人間に私は翼を斬られ、満足に竜の姿に戻ることもできないのだぞ」
「……ご、ごめんなさい」
「ふん」
叱るのでもなく、嗜めるのでもない。
ただ迷惑だから、やるなら勝手にやれという突き放す態度に、妹竜が慌てて謝罪した。
「まあよい。それよりも、スカイ王国王都が確認できたら人の姿になれ。無用な争いは避けるべきだ。いいな?」
「承知しました」
「それでいい」
竜王の態度に、妹はもちろん、兄も面白くない表情を浮かべた。
出来の悪い、邪竜の分際であるエヴァンジェリンを気にかけ、わざわざ人間の街に出向くというのに、自分たちには素っ気ない。
竜として、竜王の子供の中で優れている二体は、出来損ないの邪竜がなぜ自分たちよりも気にかけられるのかわからなかった。
そもそも呪われた竜というだけで、対して力のなかったエヴァンジェリンが魔王に至ったことさえ信じていない。
あの不出来な妹で魔王に至れるのであれば、自分たちでも至れる。
つまり、魔王を語っているだけだ、と二体の中では結論が出ていた。
兄竜は、母である竜王の側近のひとりであるため自制心もあった。
妹と認めていないエヴァンジェリンを面白く思わずとも、どうこうしようとは思っていなかった。
たとえ自分が勝つとしても、竜と竜が戦えば、大地に少なからず被害が出てしまう。
人間や、人間の国がどうなろうと構わないが、もうひとりの母と言える大地が傷つくことをおいそれとできなかった。
一方で妹竜は、フラストレーションがそろそろ限界に達してようとしていた。
竜王の娘だということで里の外にも出られず、日々、年長の竜と戦闘訓練ばかり。
それでいて、戦う役目が訪れたことはめったにない。
しかし、エヴァンジェリンは人間の男を作り、母が止めたというのに無視して外に出てしまった。
これでしばらくして泣いて戻ってくるなら可愛げがあったものの、今では魔王を気取って好き勝手しているだけでは飽き足らず、愛の女神などと信仰されているという。
おもしろくないにも程がある。
「――汚れた竜のくせに」
妹竜は、母にバレないよう、これから久しぶりに顔を合わせることになるエヴァンジェリンを忌々しく思うのだった。
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