58「ウォーカー伯爵家では」





 サムが出発したあと、リーゼたちはなんとも言えない表情を浮かべて沈黙に包まれていた。


「――ついていったわね」


 静寂を破ったのは、リーゼだった。


「いきましたわね」


 続いてステラが、ため息を吐き頬に手を当てる。


「静かだと思っていたら、サムの身支度を整えていたみたいね。風呂敷抱えていたわよ」


 呆れ半分、苦笑半分のフラン。


「ある意味、らしいといえばらしいけどね」


 水樹は笑っている。


「むう。抜け駆け。私もついていきたかった」


 花蓮に至っては不満を隠そうとしていない。


「駄目ですわ。花蓮様のお腹にはサム様の赤ちゃんがいるのですから、しばらく激しい運動は禁止ですわ!」


 花蓮を嗜めたのはアリシアだった。

 そして、ゾーイもリーゼたち同様に、驚きと呆れを同居させて大きく息を吐きだした。


「……まさか、あの一瞬で転移魔法に割り込むとはな。普通はそんなことしないんだが」

「つーか、転移未経験の癖によくもまあ、躊躇わずに魔法陣の中に突っ込んだな」

「獣人より速く動けるとか、あいつは本当に人間か?」


 エヴァンジェリンとボーウッドも呆れ顔だった。

 もちろん、全員が誰のことを言っているのかというと、ギュンター・イグナーツに関してだ。

 彼は、魔王遠藤友也とサムが会話中、姿を一度消すと、風呂敷を担いで再び現れ、息を潜めて気配を殺していた。

 そして、サムが転移魔法で魔王に喚ばれる瞬間、転移魔法に相乗りしていったのだ。


 呆れているし、抜け駆けだとも思うが、一同の気持ちはたったひとつ。


 ――実に奴らしい。


 きっと転移した向こうで、サムも魔王も驚いているだろう。

 そんなことを考え、一同は顔を見渡して笑った。


「――ふふふ。あら、そうだわ。お父様たちにも説明しておかないと。あなたたちも休みなさい」


 リーゼの言葉に従い、それぞれが部屋に戻ろうとする。

 そんな中、エヴァンジェリンがふと、この場にひとりいない人物を思い出す。


「つーか、ダフネはなにしてんだ? 今日、この屋敷に泊まってんだろ? ダーリンの危機にかけつけねーとか、大したメイドだぜ」


 だが、いないものは仕方がないし、サムももういない。

 あれだけサムに執着している割には珍しい、と思うが、それ以上特に思うことはなく、エヴァンジェリンも与えられた部屋に戻るのだった。




 ◆




 その頃、ダフネ・ロマックは。


「ぐへへへへ。いけません、ぼっちゃま。奥様がいるのに、わたくしを何度も孕ませるなんて……カモンカモン!」


 ベッドの上で、だらしなく大股開きの状態で、どんな夢を見ているのか不明だが、よだれを垂らして眠っていた。

 起きているのではと疑いたくなるほどはっきり寝言を言う姿は、彼女を姉と慕うサムが見たらちょっと引くだろう。


 ちなみに、普段ならばサムの異変に気付いたであろう彼女だが、就寝前にサムとリーゼの営みを覗いているなど、メイドライフを楽しんでいた。

 いろいろ体力を消耗したダフネは、朝まで爆睡し、サムの出来事を知り「このダフネ、一生の不覚! 腹を掻っ捌いてお詫びします!」と意気込むも、「いや、お前超速再生するじゃん」とエヴァンジェリンにツッコミを受けるのだった。





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