57「いざ修行です」




「さて、ご夫婦の間に割り込むような野暮なことはしたくないのですが、待たせている者がいますので、そろそろ時間です」


 そう言った友也が指を鳴らすと、サムの足元に魔法陣が展開された。


「ちょ、待って! もしかして、今からさっそくなの!?」

「もちろんです。吸血衝動が出た以上、予定は前倒しなんですから。訓練開始です」

「訓練相手の都合とか」

「いえ、すでにスタンバイ中です。魔王の命令に逆らえるわけがないじゃないですか」

「パワハラ上司め!」

「少し時間をあげますので、奥様にお別れを。言っておきますが、魔王に至ることができない場合は、今生の別れになりますからね」


 友也の言葉に、サムはハッとした。

 魔王に至ることと、その後のことばかり考えていたが、そう易々と魔王になれるはずがないのだ。


「――みんな」

「サム、わたしたちは心配していないわ。あなたなら無事に帰ってきてくれると信じているから、別れの挨拶なんてなしよ」


 笑顔を浮かべてくれるリーゼたち。

 不安だってあるはずなのに、サムのために気丈に振る舞ってくれるのだ。

 彼女たちの心の強さに、サムは自分が弱気になってはいけない。必ず戻ってくるのだ、と固く決意する。


「安心しろ。お前が帰ってくるまで、リーゼたちを私が守ってやろう」


 リーゼたちだけではなく、ゾーイたちもサムが戻ってくることを前提に言葉をかけてくれた。

 ならば、言うことはひとつだけだ。


「いってきます」


 サムの中から不安が消えた。

 笑顔で見送ってくれる家族と仲間たちのおかげで、勇気ももらった。


「では、いきましょう」


 サムの足元の魔法陣が眩く発光し、サムが光りに包まれ、思わず目を瞑る。

 数秒後、じとっとした暑さを覚えて目を開けると、そこは海岸だった。


「――お待ちしていました、サム」

「魔王遠藤、友也」


 サムが想像した通り、魔王遠藤友也と会話をした砂浜だった。


「あの日、君と会って話をしたとき、僕は君を魔王に誘いました。しかし、こんな形で君を魔王にしたかったわけじゃないんです。それだけは承知していてください」

「俺のためなんだよな、ありがとう」

「――まさかお礼を言われるとは。ところで……」

「ん?」


 友也が驚きを通り越して呆れた顔をしているのがわかったが、どうしたのだろうかと首を傾げる。

 そんなサムに、


「サム、さすがにパジャマでは格好がつかないから着替えを持ってきてあげたよ。着替えたまえ」

「おっ、ありがとう、ギュンター。気が利くじゃ――」


 当たり前のように隣に立っているギュンター・イグナーツがいた。

 彼は、背負っていた風呂敷からサムの着替えを取り出して、手渡してくれる。


「もしかしなくても、僕の転移魔法に乗り込んできましたね?」

「もちろんだとも。サムと魔王をふたりきりにするなんて恐ろしいからね!」

「僕は彼に危害を加える気はないのですが」

「戻ってきたサムが妊娠しているなんてことになったら困るからね! 見張らせていただくよ!」



「――そんな展開ありえねえからぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 ギュンターの言動に、ついに友也が口調と表情を崩して絶叫した。

 さすがの友也も、散々ギュンターにあれこれ言われて限界が来たようだ。


「魔王をキレさせるとか、お前って本当にすごいな」

「――ふっ。褒めないでくれ、絶頂してしまう」

「それはいつものことだろ!」

「おっと、これは一本取られたね! はっはっはっはっはっ!」


 広がる白い砂浜にギュンターの笑い声がどこまでも響いた。




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