勇者外伝1「召喚です」①





「――ようこそお越しくださいました、勇者様!」

「……はい?」


 月白龍太郎が目を開けると、世界が一変していた。

 紺色のブレザーを身につけた中肉中背の黒髪の少年は、自分の置かれた状況に困惑しつつ、周囲を見渡した。

 眼前には、見たことのない絶世の美少女が、まるでゲームに出てくるような神官の格好をして、祈るように膝をついていた。

 他にも、ローブを来た、いかにも魔道士です、と自己主張している老人たちもいる。


「……おかしいですなぁ。なぜ自分がこんなところにいるのですか?」


 高校からの帰宅道、トラックに轢かれそうな幼女を華麗に救出し、多くの人の喝采を浴び、幼女の母からも感謝され、幼女などはほっぺにキスまでしてくれた。

 一緒に帰路についていた友人も、「お前が無事でよかった! 最高だぜ!」と涙を流してくれた。

 さらに誰か撮っていた動画が拡散され、夜の地方ニュースで流れることとなる。

 両親は、危険なことをした龍太郎を叱りながらも、子供を救ったことを褒めてくれて「誇りに思う」とまで言ってくれた。


 翌日、高校では英雄扱いだった。

 普段関わりのない、カーストトップのリア充やギャルたちも大絶賛だ。

 校長に呼ばれ、お褒めの言葉をいただき、「当然のことをしただけです」と返した龍太郎はさらに褒められることとなる。


 そして、偶然再会した幼女と母親。

 聞けば、シングルマザーであるようで、まだ二十代前半なのに一生懸命働きながら娘さんを寂しくしないように努力する素敵な方だった。

 当たり前のことだ、と思う人間もいるかもしれないが、その両立がどれだけ難しいことか知っている龍太郎は、何かの縁だと思い、幼女の面倒を見るようになった。


 龍太郎の両親は大歓迎。

 もういっそのこと、お母さんも含めて一緒に暮らしましょうというほど。

 さすがにそれは断られたが、龍太郎とたちと幼女と母の交流は続いた。

 そんな幸せな日々を過ごしていたのだが、気付いたら見知らぬ場所にいた。


「……そちらの方、自分を勇者と呼びましたか?」

「はい! あなたはこの世界に勇者様として呼ばせていただきました!」

「もしかして、魔王と戦うとか、ありませんよね?」

「ご推察の通り、私たち人間を苦しめる魔王レプシーと戦って欲しく、勇者様を召喚したいのです!」


 なんとなく、そうだろうな、と思っていた。

 龍太郎は、ラノベをこよなく愛する少年だ。

 無論、異世界転生、勇者召喚を知らないわけがない。

 むしろ、大好きなジャンルだ。


 転生してみたい、勇者召喚されてチートしてみたい、と思ったことは何度もある。

 だが、実際、本当にするとなると話は違う。

 スマホなどをはじめ、便利な物に囲まれて育った現代っ子が今の生活を捨てて異世界に行くのはかなり抵抗がある。

 友人や家族だっているのだ。

 なによりも、今の生活を捨てて新しい生活をしたいと思えなかった。


「……まさか自分が異世界召喚されて勇者業をすることになるとは思いもしませんでしたな!」

「申し訳ございません。こちらの勝手な都合で……勇者様にもご家族や生活があったはずです。謗りは甘んじてお受けします。奴隷として生涯尽くします。ですから、どうか、どうか! わたくしたちをお救いください!」


 土下座をしてしまう美少女に、龍太郎も困り果てる。

 美少女と交流できるのは嬉しいが、土下座をさせる趣味などない。

 気づけば、魔道士風の老人たちも、地面に額を擦り付けんばかりに平伏している。


(こ、これは断ったら悪役ですなぁ)


 彼女たちの気分を害して、元の世界に帰れないことや、見知らぬ世界に放り出されてしまうのも困る。

 正直、言いたいことは山のようにあるし、文句の一つも言ってやりたい。

 しかし、いくら勝手に呼び出したとはいえ、土下座し、奴隷になるとまで言う少女が悪人で自分を騙していないくらいはわかる。

 なによりも、女の子のこんな姿は見ていたくない。


「お顔をあげてください」


 ゆっくり顔をあげる少女に、龍太郎は精一杯微笑んでみせた。


「まず、お話を聞かせてもらえぬでしょうか? お力になれるかどうか、自分には判断材料がないのですよ」

「そ、そうでしたね。ただ魔王を倒してほしいと言われても困りますものね。で、では、場所を変えて説明を」

「お待ちくだされ。その前に、ちょっとだけ叫んでもよろしいですかな?」

「え、あ、はい、どうぞ」

「かたじけない」


 龍太郎は、大きく息を吸い込むと、



「――もう少しで、もう少しで香理さんとお付き合いできそうだったのにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」



 シングルマザーの女性との関係を涙し、絶叫した。

 いい雰囲気になっていたのだ。

 もう少しで、関係が前進するはずだったのだ。

 それだけが、ただ残念、悔しくて、悲しかった。





 ――こうして勇者として魔王レプシーを倒し、スカイ王国建国の王となる月白龍太郎の勇者業が始まったのだった。




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