38「結界の理由です」




「改めてご苦労であった、サムよ。そなたには世話になってばかりだ。感謝すると同時に、申し訳なく思っている」

「いいえ、そんな。俺はできることをしているだけですので、お気になさらないでください」


 クライドの執務室で、サムはテーブルを挟んで対面する形でソファーに腰をおろしていた。

 本来なら、もう少し事務的にすべきなのかもしれないが、甥と伯父という関係であると同時に、クライドは義父でもあるため、こうして気安く接しさせてもらっている。

 もっとも、クライド自身が国王でありながら、角張った態度をあまり好んでいないこともあり、近しい立場の者などは基本的にサムと同じように楽に接することができる。


「ドミニク――いや、キャサリンから魔王ヴィヴィアンと友好関係を無事に結ぶことができたと聞いた」

「はい」

「魔王遠藤友也と邂逅したとも」

「しちゃいましたね」

「ゾーイ・ストックウェル、ボーウッド・アットラックに関しても聞き及んでいる。改めて、よくやってくれたと感謝しかない」

「ありがとうございます」


 割と成り行き任せの魔王との会談だったが、結果だけみれば成功だろう。

 サムとしても、思わぬ舎弟ができて戸惑うこともあったが、魔王遠藤友也との出会い、魔王ヴィヴィアンとの友好はありがたかった。


「私は魔王の脅威に怯えた情けない王であったが、次の世代は魔王に怯えずともよい平和な時代であってほしいと願っている」

「よいお考えだと思います」

「すべてはそなたのおかげだ、サム。そなたがいたからこそ、魔王ヴィヴィアンも、我が国に興味を持ってくれたのだろうと思っている」

「そのあたりはなんとも。魔王たちの考えは、俺なんかにはわかりません」


 正直、ヴィヴィアンがなにを考えているのはわかりかねている。

 友好的であることは間違いないのだが、最古の魔王であり、レプシーを吸血鬼にした祖であることを考えても、なかなか彼女の本心をサムのような子供が見抜くことも察することも難しい。

 むしろ、同郷の遠藤友也のほうが接触してきた理由がわかりやすかった。


「そういえば、女神エヴァンジェリン様も、以前は魔王だったとお聞きしている」

「いえ、今も現役魔王なんですけどね」

「ふむ。些細な違いだろう」

「いやいや、全然違いますって」


 なぜこうも、この国では邪竜で魔王のエヴァンジェリンを恐れることなく、崇めるのだろうか、と不思議だ。

 エヴァンジェリンの過去を思えば、きっといい国なのかもしれないが、同時に彼女がこの国でのさばる変態どもに感化されないか不安だ。


「エヴァンジェリン様はとてもよい女神である。少々、お口が悪いところもあるが、分け隔てなく些細な相談にも親身になってくださるし、文句を言いながらも決して相談者を見捨てない。彼女ほど、ひとりひとり真摯に向き合える方はそうそういないであろう」


 クライドの言葉に、サムは同意した。

 出会った当初は、口の悪い気分屋な魔王だと思っていたのだが、少し接してみれば彼女がいい魔王だとわかる。

 ダーリン呼ばわりは戸惑いこそあるが、気楽に、肩肘はることなく接することができる。

 民にも好かれ、貴族からも頼られている彼女が、邪竜というだけで竜から迫害されていたのはいささか疑問である。

 竜は、彼女の内面をなにも見なかったのだろうか、と呆れるし、怒りも湧く。


「そういえば、ギュンターがずいぶんと頑丈な結界を神殿に張っていましたけど」

「知っておったか。ふむ――そなた、結界を斬ったな?」

「はい。エヴァンジェリンが囚われの身かと思いまして。実際は、違ったようですし、彼女自身が内側から結界を破るだけの力を持っていたので、大きなお世話だったかもしれません」

「誤解のないように言っておくが、あの結界はエヴァンジェリン様を封じるものではない。その逆であり、外部からお守りするためのものだったのだよ」

「守る、ですか?」


 仮にも魔王のエヴァンジェリンをなにから守るというのだ、とサムは考え、答えが見つからなかった。


「力ではエヴァンジェリン様に危害を与えるような者はそうそういないだろう。それは理解している。だが、そうではなく、エヴァンジェリン様がスカイ王国にご降臨なされてから、間者が増えたのだ」

「それは、なんというか、ありえるんですか?」

「正直、驚いている。ギュンターがいろいろ騒いだので、他国が気にするのもわかる。もともと他国の間者や、繋がりを持っている者は少なからずいるのでそれは構わないのだが……」


 苦い顔をするクライド。


「私たちが把握していなかった間者を捕らえて目的を尋ねてみると、やはりエヴァンジェリン様だった。しかし、依頼主が不明であり、また調べる内容もエヴァンジェリン様が女神かどうかを確かめるなどではなく、エヴァンジェリン様がスカイ王国でなにをしているか、だ。あの方の存在をすでに知り、この国で何をしているのか……つまり、何かしらエヴァンジェリン様の動きを把握している誰かがいるということだ」

「それで結界を?」

「うむ。万が一があっても困るのでな」


 なるほど、とサムは納得した。

 ギュンターもクライドも、自分たちのためではなくエヴァンジェリンを気遣い守ろとうしていたことに、サムは胸を撫で下ろした。




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