18「弟分ができました」②




 サムは、ハッとした。


「も、もしかして三百人も引き連れてスカイ王国に来ようなんて考えていないよね?」

「安心してくだせぇ。さすがにそこまでご迷惑をおかけしません。まずは俺だけがお伺いし、そちらの国王に滞在許可を――いえ、移住許可を!」

「移住しちゃうの!?」


 さすがに三百人の獣人を引き連れてくるつもりはないようだが、まさかの移住希望に驚きを隠せない。


「へい。サム兄貴のおかげでヴィヴィアン様にお許しいただけたとはいえ、今までの生活に戻るなど恥ずかしくてできません。兄貴のもとで生まれ変わった気になって、いちからやり直したいと思っています!」

「いいのかなぁ」


 仮にも伯爵級の魔族が、他国に移住して、人間のもとでただの魔族のひとりに戻るなどできるのだろうか、と困惑を浮かべながら助けを求めるようにゾーイに視線を向けるのだが、


「私は知らん」


 と素っ気ない反応をされてしまった。


「僕はいいと思うけど、陛下がどうかな。魔王にいい思い出がないようだし、魔族を受け入れてくれるかな?」

「あー、そうだよねぇ」

「でも、今の陛下なら気にしなかったりしてね」

「……ですよね」


 かつてレプシーの墓守という責務を負っていたクライドは、そのことを抱え誰にも言えずに苦しんでいた。

 王としてではなく、墓守としての役目に尽くし、たとえ国が荒れようと墓守であり続けた。

 レプシーが解放され、サムによって倒されたことでその責務から解放されたクライドは、今までの反動のせいか、はっちゃけてしまっている。

 それこそ、周囲が「別人になったんじゃないか」と心配するほどだ。

 水樹の言葉通り、今の陛下ならとくに気にすることなく魔族であるボーウッドを受け入れてしまうかもしれない。

 もっとも、魔族に縁のないスカイ王国の民がどういう反応をするのか怖くもあるのだが、よくよく考えれば、普段から変態の奇行に慣れている王都の民なら、獣人くらいさして問題がないだろうと思い直した。


「兄貴、姉貴、立ち話もなんですので、お茶でもいかがですか? お勧めの店がこちらにありやす。ささ、どうぞどぞう」


 ボーウッドがサムと水樹の背中を押し、キャサリンとゾーイを手招いた。


「おいこら、私が案内しているのだから邪魔をするな!」

「硬いこというなって。同じ兄貴の舎弟として仲良くやろうぜ」

「貴様……いつ私がサムの配下になったのだ! その首切り落とすぞ!」

「さ、レディもどうぞ。エスコートさせていただきます」

「聞けぇ!」


 ボーウッドがサムの舎弟扱いをしたことでゾーイが顔を引きつらせるが、獅子族の獣人はキャサリンのエスコートに夢中だ。


「あら、相変わらず素敵なライオンさんね」


 嬉しそうにはにかむキャサリンの姿を見たサムは、


「もうキャサリンさんの舎弟になっちゃえばいいのにぃ」


 そんなことを呟き、となりの水樹が苦笑した。



 ――拝啓、天国のウルへ。

 獣人の弟分ができたそうです。



 ふと見上げた魔族の街の頭上は、どこまでも続く青空だった。

 こうしてサムたちは、夜の国を満喫し、お土産を買って三日後に帰国するのだった。





 ◆




 別れの日。

 一同は魔王ヴィヴィアン・クラクストンズの屋敷のエントランスで、挨拶をしていた。


「またお会いしましょうね」


 魔王ヴィヴィアンがサム、水樹、そしてダフネとキャサリンに抱擁すると、名残惜しそうに別れの挨拶をしてくれた。


「はい、またお会いしましょう」

「お世話になりました」

「お元気でいてください」

「ぜひ、スカイ王国にいらしてくださいね。歓迎しますわ」


 サムたちも、名残惜しく挨拶をする。

 魔王ヴィヴィアンは、サムたちにとてもよくしてくれた。

 初日こそ、ボーウッドの決起や、真なる魔王を名乗る魔族の登場と慌ただしかったものの、その後は彼女の収める夜の国を見て周り、貴族との会食、会談、そしてダンスパーティーなど催しを用意してくれていた。

 他の魔王こそ顔を出さなかったものの、スカイ王国では伝説とされるような魔族や、御伽噺に登場する魔族とも顔を合わせ、サムはもちろん、水樹やキャサリンですら目を丸くするような数日だった。


 一部、レプシーを倒したサムに不満そうな顔をした者や、値踏みするような視線を向ける者もいたが、概ね友好的であった。

スカイ王国の使者ではなく、あくまでも個人として招かれたサムではあったが、両国の関係は良いものになるだろうと思えた。

 またスカイ王国王子セドリックの想い人であるルイーズに関しても、ヴィヴィアンから祝福の言葉をもらったので安堵していた。


「そうそう、忘れる前にこちらを渡しておくわね」


 ヴィヴィアンが思い出したように、小箱を水樹に手渡した。


「あの、こちらは」

「お開けになって」


 促されて水樹が小箱を開けると、銀の指輪があった。

 サムには、これがなんらかの魔道具であるとわかった。


「水樹殿のご家族に強い魔力のせいで健康を害されている方がいるとお聞きしたので、よろしければこちらをお使いになって」

「――ヴィヴィアン様」

「魔力を封じる指輪なのだけど、少し改良をして抑えるだけにしておいたわ。これをはめていれば、日常生活はもちろん、元気に走り回ることも、剣を振るうことだってできるでしょう」

「……いいんですか?」

「もちろん。子供が身体と魔力の釣り合いが取れないからとはいえ、毎日ベッドの中ではかわいそうですもの」


 瞳を潤ませる水樹に、ヴィヴィアンは母のように優しく微笑んだ。


「ただ魔力を押さえつけるだけでは、魔力成長を疎外してしまうから、その辺りも問題ないようにしておいたわ。きっとご家族に良い結果が訪れると思うわ」

「ありがとう、ありがとうございます!」

「お礼なんていいのよ。早くご家族が元気になることを祈っているわ」


 涙を流し感謝する水樹を、ヴィヴィアンが抱きしめた。

 優しい魔王に、サムはもちろん、キャサリンを感謝の言葉を伝え、頭を下げた。

 水樹の妹であり、サムにとって大切な家族になったことみのためにこれほどの魔道具を用意してくれたことに、ただただ感謝しかない。

 おそらく、渡された指輪もかなりの品だろう。


 もともと魔法使いの罪人などを捕縛するように、魔力封じの枷などはあるが、指輪サイズに小型することはまず不可能だとされていた。

 しかも成長を阻害しない程度に魔力を抑えるなど、簡単にできるはずがない。

 ことみの話を耳にしたのがいつかわからないが、数日でそれほどの物を用意してしまうのはさすが魔王だと感嘆する。

 そして、もらってしまっていいのかと、感謝と同じくらいの困惑もあった。

 そんなサムの心中を見抜いたのか、ヴィヴィアンがウインクをした。

 サムは、もう一度、深くヴィヴィアンに向けた頭を下げた。


「――さて、そろそろ準備はいいですか?」


 この場にはいない魔王遠藤友也の声が響く。

 帰路は、馬車を使わず、彼の転移魔法で送ってくれると言う。


「ゾーイ、ボーウッド、スカイ王国の方々にちゃんとご挨拶なさい。失礼なことをしちゃだめよ」

「――は」

「承知しています」


 別れを邪魔しないように一歩引いて控えていた吸血鬼の騎士ゾーイと獅子族の長ボーウッドが恭しく礼をする。

 ふたりもサムたちに同行し、今後スカイ王国で生活をする予定だ。


「では、サミュエル・シャイト殿。この度は、我が国へのご訪問に感謝します。あなたとスカイ王国との友情が末長く続くことを祈ります」

「こちらこそありがとうございました。俺も、魔王ヴィヴィアン・クラクストンズ様と皆様の関係が今後よいものでありますよう祈っています」


 頷き合うふたり。


「――では、転移をはじめますね。サミュエルくん、その内また会いましょう」


 友也からも別れの挨拶をもらい、サムたちは夜の国からスカイ王国に転移したのだった。




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