7「俺は俺のようです」




「申し訳ありませんが、先ほども言ったように俺は女神にあったわけではないんです。気づいたら、この世界に転生していたんです」

「そうでしたか。残念ではありますが、これで諦めたわけではないので……話を聞いてくれてありがとうございました」

「いいえ」

「しかし、気づいたら転生していた、ですか?」


 何か気になったのか、友也はサムの転生について疑問を浮かべていた。


「幼少期に血の繋がらない弟に殺されかけて、今の俺が目覚めました」


 今となっては懐かしい記憶だ。

 あんな家に生まれたものの、ダフネとデリックという大切な家族に出会えたし、母も生きていてくれた。

 本当の父も別人だったし、もうとっくに過去のことである。


「あー、そういうことですか。つまり、君は転生こそしていたようですが、記憶などはその日まで取り戻していなかったんですね」

「一応、そうみたいです。ただ、本当に記憶を取り戻しただけなのか、それともそのタイミングで俺の魂が乗り移ったのかがわからないんですが」


 サムが今でも気にしているのが、かつてのサミュエルという少年が死に、今の自分がいるのではないか、ということだ。

 かつてのサミュエルが、前世の記憶を取り戻し、今の自分になったのか、それだけが判断できないでいた。

 変わってしまったものはしょうがないと思うし、仮にサミュエル少年が死んでいたとしても、仇は取ったので、もう今更であるが。


「私見ですが、君はこの世界に生を受けていると思いますよ。少なくとも憑依ではないはずです」

「え?」

「例えば、君の前のサミュエルくんが死んでいたとして、空っぽの肉体という器に今の君の魂が入ったのであれば、歪みが生まれます。きっと、周囲の人間は、君とサミュエルくんを同一人物だと認識できないはずです」

「それってどういう?」


 戸惑うサムに、「必ずと断言できませんが」と前置きをして友也が続けた。


「人が変わった、と言われても君はサミュエルという人間として生きていました。周囲にサミュエルだと認識されていた。魂が変わると、そうはいかないんです」

「初耳です」


 でしょうね、と友也は苦笑した。

 そもそも転生者自体が珍しいようだ。


「僕が知る限り、ひとりだけ転生者に会ったことがあります」

「俺以外の転生者、ですか」

「ええ、かなり前の話になりますが、彼女は転生でも死んだ人間の空っぽの器に入ってこの世界で目を覚ましました。憑依、というものですね。周囲は彼女を以前の彼女と同じ人間だと認識できず、かわいそうではありますが、悪魔が取り付いた、何者かに殺されて身体を奪われた、と人々から迫害され、酷い人生を送りました」

「そんなことがありえるんですね」


 一歩間違えていたら、自分が周囲に迫害されていたかもしれないと考えると、ゾッとする。

 あの優しいダフネとデリックが、いい人たちばかりだった町の人たちから、そんな目に遭ったら間違いなく耐えられなかっただろう。


「でも、君はそうじゃない。ならば、君はあくまでもこの世界のサミュエルという人間として生まれたんです。ただ前世の記憶がなかっただけで、死にかけたせいで思い出した。それだけです。難しい話じゃありませんよ」

「……難しい話じゃないんですか?」


 十分難しかった。

 とりあえず、サムは生まれたときからサムであり、途中で前世の記憶を取り戻したので今に至るということはわかった。


「仮に、君がサミュエルくんじゃなく周囲から認識されずとも、過去のサミュエルくんを知らない土地にいけばいいだけの話です。君の今の奥様たちと、かつてのサミュエルくんは無関係ですよ。ああ、ダフネは幼少期から知っていましたね。彼女が君を君と認識しているのなら間違いなく、君は生まれたときからサミュエル・シャイトですよ」


 少しだけほっとした。

 もうこれで憂いなく生きていける。

 心の中にあった小さいしこりが消えた気がした。


「日本からの転生者は少ないですが、死んだら転生を繰り返す魔族はいます。転生そのものは珍しくとも不可能なものじゃないんですよ」


 そう締め括った友也は、指を鳴らすと、テーブルが現れる。


「きっと喜んでくれると思いますよ」


 にやり、と笑った友也が再び指を鳴らすと、ハンバーガーとポテト、そしてナゲットが現れる。


「――これは」


 サムは目を向いた。

 こちらの世界ではハンバーガーがない。

 完全に似たようなものがないわけではないが、塩胡椒で味付けした肉をパンで挟むだけ。つまりサンドイッチに近かった。

 だが、目の前のハンバーガーは、チーズとレタス、トマトが挟まり、白いなにかはマヨネーズだろう。


(――この魔王……ハンバーガーはもちろん、マヨネーズまで作ったというのか!?)


 料理はできても、食品の作り方などを知らないサムではできないことを友也はやってのけたのだと感心した。


「まったく同じ味とはいきませんが、がんばって僕たちの口に合うように作ってみました。本当ならここでビールも、と言いたいのですが、君は飲まないんでしたね」

「未成年ですから」

「この世界でそんなことを律儀に守っている人なんていませんよ。それに、前世を合わせたら十分大人でしょう」

「まあ、そうなんですけど、一応」

「では、飲み物は炭酸水にしましょう。とりあえず、お疲れ様でした。続きは食事をとりながらお話ししましょう」


 異世界で初めて食べるハンバーガーは照り焼き味で、控えめに言って美味だった。




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