発売記念「娘に好きな人がいるそうです」④




 ギュンター・イグナーツは、公爵家の書斎にて、息子のカミルから受け取った書類に目を通し、満足そうに頷いた。


「うん。いいできだ。学園から成績優秀だと聞いたので、いくつか仕事を任せてみたら全て良い結果だね」


 柔らかな表情を浮かべて息子を褒めるのは、スカイ王国を代表する変態であり、結界術師であり、公爵家当主でもあるギュンターだ。

 すでに四十を過ぎているのだが、二十代後半の若さを保ったままだ。

 それゆえ、いまだでも若い貴族の子女から縁談の申し込みがある。

 しかし、ギュンターにとって妻の立場はクリーしかいなかった。

 もちろん、現在においてもサムに偏愛を抱いてはいるが、全盛期に比べると落ち着き持っていた。


「ありがとうございます、父上」


 カミル・イグナーツは、父から褒められて年相応に嬉しそうにはにかんだ。

 カミルは、ギュンターとクリーの子供であり、十二人兄弟の長男である。

 しっかり者で、勤勉。そして魔法使いとしても優れている。

 父としては少々残念なことに、カミルには結界術師としての才能はない。しかし、だからといって評価が変わるわけではないし、息子への愛情も変化するものではなかった。


「これなら領地運営を学んでもいいだろう。父と母には伝えておくので、学ぶといい。僕は領地などに興味がないが、カミルは学んで損はないだろう」

「はい! おじいさまのもとで学ばせていただきます!」

「よろしい。学園に入学したばかりで、まだ遊びたい盛りだろうに。もし君が望むのならば、卒業後でも構わないが?」

「いえ! 早く父上やおじいさまのようになりたいと思っていますので、お気になさらないでください」

「……なんというか、僕の息子の割に僕に似ていないね。十五歳の頃の僕はウルリーケばかり追いかけていたというのに」


 勤勉なのは感心するが、親としては年相応に過ごしてもらいたいものだと思う。

 年頃の少年が、好きな少女の下着ひとつ盗まないようでは、立派な大人になれるとは思えない。

 この辺りは、追々教えていかなければならないと思う。


「まあ、いいさ。カミルがそう願うのなら、父にも本気で領地運営を叩き込むように伝えておこう」

「ありがとうございます!」

「僕としては、そのまま君に領地を任せていいと思っている」

「――本当ですか!?」


 瞳を輝かせて喜ぶ姿は、年相応でほっとした。

 現在、イグナーツ公爵領は、引退した前公爵が行っている。

 しかし、もういい歳なので完全な隠居をしてほしいと思うのが息子としての願いだ。

 なにかと仕事ばかりの人生だった父には、母と睦まじい老後を送って欲しい。

 そのためにも、カミルが領地運営を引き継いでくれるなら願ったりだ。

 幸いなことに、両親の信頼する家臣も領地にいるので、よき教師、よき相談相手になってくれるだろう。

 結界術師という特性ゆえに、王都からあまり離れることをよしとしないギュンターとしては、息子の優秀さに感謝している。


「あの、父上」

「なにかな?」

「その、領地で勉強するのはもちろん、嬉しくあります。しかし、王都から離れてしまうということは、その、普段会っていた方達と会えなくなってしまいますよね」

「――そうだね。君の言いたいことはわかるよ」


 息子は遠回しに言ったものの、本心はわかっている。

 カミルの想い人である、シャルロッテ・シャイトのことだろう。

 息子が、彼女に懸想していることは誰もが知っている。

 ギュンターとしても、我が子同然に可愛がってきたシャルロッテが息子と一緒になってくれるのなら、これほど嬉しいことはない。

 同時に、名実共にサムと家族になれるのは、大歓迎である。


「も、もしかして」

「シャルロッテのことだろう?」


 ギュンターが微笑むと、息子は恥ずかしそうに頬を染めた。


「お気づきでしたか。なら、はっきり言わせていただきます! 僕はシャルロッテと結婚したいと思っています! 王都を離れるのなら、彼女についてきてほしいと思っています!」

「構わないよ。今まで、君に縁談を持ってこなかったのは、幼少期からシャルロッテに恋心を抱いていると知っていたからさ。僕も兄上のも、好きなようにきてきた。カミルにはなにかと我慢させることが多いだろうから、せめて結婚相手は後悔しないでほしいというのが親心さ」

「ち、父上……ありがとうございます!」


 涙ぐむ息子にギュンターは笑みを深めた。


「ところで、ママはどこかな? 君がその気なら、サムとリーゼと話を進めたい。その前に、ママにも話しておかないと――除け者にすると後が怖いからね」

「母上なら、調教部――あ、いえ、父上たちの寝室にいらっしゃいます」

「……気のせいかな? 息子が、僕と妻の部屋を調教部屋と言った気がするのだが?」

「き、気のせいだと思いますよ! はい!」

「……まあいいだろう。では、しばらく休憩としよう。その間にママに君の気持ちを話しておこう。今日明日中にはサムとリーゼに話をし、段取りをしておこう」

「ありがとうございます!」


 息子の嬉しそうな顔に、ギュンターも嬉しくなる。

 やはり好きな人と結ばれるのが一番だ。

 ギュンターは最愛の幼なじみを失ったが、サムという愛しい人と、紆余曲折あり愛してしまった妻がいるおかげで人生は薔薇色だ。


(――クライド様から王手のテクをカミルに伝授してもらうのも良いかな? いや、もしサムにばれたら殺される気がするのでやめておこう)


 書類を片し、席を立とうとしたところで、パタパタと走る足音が近づいてくるのが聞こえた。


「失礼致しますわ!」

「母上?」

「どうしたんだい、ママ? 君らしくない慌てようだね。あと、お腹に子供がいるのだから、あまり走るのは感心しないね」


 ノックなしに部屋に訪れたのは、ギュンターの正室であり、唯一の妻であるクリーだった。

 出会ったころは幼かった彼女も、すっかり美人となり、今では十二人の子供の母であり、現在新たな命をお腹に宿している。

 まだ二十代半ばで通用する若々しい容姿と、可愛らしさを残した美しさから、彼女に憧れる女性たちは多い。

 なによりも、幼い頃抱いたギュンターへの恋心を見事叶え、公爵夫人として公私ともに支えたクリーは、本や、舞台になるほどの人気だった。


「申し訳ございません。ですが、急ぎお伝えしなければならないことがありまして」

「なにかな?」

「サム様が、ボーウッド様たちを引き連れて殴り込んできました」

「…………なんで?」




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