発売記念「娘に好きな人がいるそうです」③




「……まさかお母様たちと予想がこうも的中してしまうとは思いませんでした」


 止める間もなく出陣してしまった父たちを呆然と見送ってしまったシャルロッテは、母の予想通りになったことに驚きを禁じ得なかった。


「ギュンターおじさまが私に手を出したのではないのですが、いえ、出してくれたらそれはそれで――ぽ」


 想い人に手を出される光景を妄想し、身体をくねんくねんさせるシャルロッテ。


「おいおい、そんな場合じゃないっしょ!?」


 そんな彼女に空から女性の声が響いた。

 妄想を切り上げ、視線を上に向けると、


「――メルシーお姉様!」

「おうよ!」


 灼熱竜の三姉妹の長女であるメルシーが宙に浮いていた。

 燃えるような赤髪をショートカットにし、ホットパンツ姿のボーイッシュな少女は、竜であると同時に、シャルロッテにとって姉のような存在だった。


「サムパパが本当にボーウッドたち連れてっちゃたんだし、止めねーと」


 魔王であり竜でもあるエヴァンジェリンに影響されたのか、少々言葉遣いが悪いが、面倒見のいい姉御肌なメルシーがシャルロッテは大好きだった。

 長女であり、兄弟たちの面倒を見なければならないシャルロッテが、甘えられるひとりでもある。


「そ、そうでしたね。このままではギュンターおじさまが、お父様に」

「いや、そこは心配してねーんだけどさ。むしろ、カミルが可哀想というか、なんというか」


 なぜここでカミルの名が出てくるのかわからず、シャルロッテは首を傾げた。

 すると、メルシーは大きなため息を吐き、


「この鈍感娘!」

「酷い!」


 不名誉な言葉をぶつけてきた。


「あの、私、結構周囲の機微には敏感なのですが」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「ため息!?」


 昔からよく気遣いができる子だ、と褒められてきたシャルロッテは、鈍感扱いに対して不満げに頬を膨らました。

 カミルのことだって、いつも弟として気にかけていた。

 それこそ、生まれたときから一緒にいるのだ。双子のような大切な存在だった。


「カミルも、まさか実の父親が恋敵だったとは、不憫だなぁ」

「あの、メルシーお姉様? 一体、なんのことでしょうか?」

「ま、いいさ。とにかくお前じゃないとサムパパたちは止められねーから、ほら、行くぞ!」

「そうでしたね!」


 シャルロッテが大きく跳躍すると同時に、メルシーがぽんっ、とコミカルな音を立てて竜の姿になった。

 かつては小さな竜だったメルシーも、この二十年で大きく成長した。

 今では、母には及ばないものの、屋敷と同じくらい大きな身体となった。

 妹として可愛がっていたシャルロッテが背に乗ると、少し懐かしそうに笑う。


「どうした?」

「いえ、メルシーお姉様の背中に乗るのも久しぶりだなと思いまして」

「そうだな。お前が重くなったから、途中で嫌になったんだよ」

「まっ、失礼な! リーゼお母様に似てスレンダーなのですけど! 贅沢を言えば、アリシアお母様のような豊満さが欲しかったのですが、無い物ねだりはできませんので」

「お前、それリーゼママの前で言ったらぶっ飛ばされるぞ」

「そんな命知らずなことしません!」


 シャルロッテはもちろん、メルシーもリーゼを慕っているが、一度怒らせるととても怖いことを身をもって知っている。

 やんちゃなメルシーと一緒に、家を抜け出して、何度怒られたものか。

 娘に甘いサムに対し、リーゼは厳しかった。


「ならいいんだけど、さっ!」


 翼をはためかせてメルシーは空を悠然と飛ぶ。

 王都の端にあるシャイト家だが、彼女の翼なら中心部にあるイグナーツ家まで一瞬だ。

 王都の住民たちも、すでにメルシーたち竜姉妹に慣れたもので、竜の姿で上空を羽ばたいても気にもしないだろう。

 むしろ、普段温厚なサムが部下を引き連れて殺る気満々でイグナーツ家に向かう姿の方が、民たちも何事かと思うだろう。


「――今行きます! ギュンターおじさま!」


 こうして、父に一歩遅れて娘たちもイグナーツ家に向かったのだった。



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