66「誰も敵わないようです」
想像していなかった展開に、サムが絶句し動きを止めた。
「……がはっ」
ボーウッドが吐血し、少し離れていたサムの顔や衣服にまで飛び、赤く染めた。
「ごめんね、ボーウッドくん。散々、君なら魔王になれるって焚きつけていたけど、やっぱり君は魔王の器じゃないかな」
腕の正体は、背後からボーウッドの胸を貫いたヴァルザードのものだった。
「……ヴァル、ザード……貴様……よくも」
「即死しなかったことは素直にすごいと思うよ。獣人の生命力は驚きだね」
ヴァルザードがそんなことを言いながら、ボーウッドの胸から腕を引き抜くと、大量の血が彼の胸と口から流れ出た。
「馬鹿な、私はこの男から意識を外していなかった。なのに動いたことさえわからなかった、だと?」
サムやボーウッドだけではなく、ゾーイをしてもヴァルザードの動きを把握することができなかった。
「ゾーイ・ストックウェルくん。君程度で僕の動きを把握できるはずがない。君は強いけど、準魔王級だよね? 僕は魔王だ。この差はとても大きいよ」
「――抜かせ!」
剣を構え、地面を蹴ったゾーイが瞬く間にしてヴァルザードに肉薄する。
「やめろ、ゾーイ! 貴様ではヴァルザードには」
血を吐きながらゾーイを止めようとしたボーウッドが叫んだときには、吸血鬼の騎士の小さな身体は宙に待っていた。
「――な」
「遅いよ」
そのままヴァルザードにつかまれて、ゾーイは地面に叩きつけられてしまう。
彼女は背中から地面に激突し、蜘蛛の巣状の亀裂を作った。
「かはっ――おのれ」
確実にダメージを受けたゾーイだったが、すぐにヴァルザードの腕を振り解き、大きく跳躍して距離を取る。
「……嘘だろ」
一部始終を見ていたサムは、驚きを重ねた。
今まで出会ってきた中で誰よりも速いゾーイが、易々と対応された挙句、「遅い」と言われたのだ。
ヴァルザードの身体能力がどれほどのものなのか想像もつかない。
他ならぬゾーイ自身が、ヴァルザードに一撃を与えるどころか、反撃されてしまったことに驚愕を顔に貼り付けている。
厄介な相手だと思っていたが、想定外の実力を持っているのだと彼女も気づいたのだろう。
「君の十八番は速さだよね。魔力を速度に変えて敵を切り裂く。単純にして強力なのが君の強みだね。でもね、残念かな。僕には遅いんだ」
「馬鹿な。レプシー様でさえ、私の速度に完全に対応しきれないというのに」
「うん。つまり僕は魔王レプシー以上だと考えてくれ良いよ。わかるだろう? 僕が強いから、プライドが高いだけの獅子族をはじめとした獣人たちが僕を魔王として認めているんだよ」
ヴァルザードの言葉に嘘はないのだろう。
実際、ボーウッドを背後から襲った彼に、獣人たちが誰一人として文句を言わない。
仇を取ろうともしない。
それ以上に、自分たちの代表だったボーウッドをたった一撃で戦闘不能にしてしまったヴァルザードに恐怖を抱いているようだ。
「ヴァルザード……なぜ、俺を裏切った?」
胸を押さえ、口周りと身体を真っ赤に染めたボーウッドが弱々しく問う。
すると、ヴァルザードは少しすまなそうに口を開いた。
「だから君は魔王の器じゃなかったんだ。ごめんね。その気にさせてしまってすまなかったって思うよ」
「なぜ、俺に声を、かけた?」
「最初は僕たちだけで魔王を名乗ろうとしたんだけど、ほら、今の魔王が七人もいるのに五人じゃなんだか釣り合いが取れていないだろう? だから君たちを入れて八人にしようかなって思ったんだよ」
「……それだけの、理由だと?」
「君たちがもっと強くて使えるのなら話が違ったんだけど、びっくりするほど弱かったから、ごめんね」
「ふざ、けるな」
ヴァルザードの言葉は、仮にも一度は仲間だったボーウッドたちを心底馬鹿にするものだった。
いや、もしかしたらヴァルザードは馬鹿にするつもりなんてないのかもしれない。
心から、ボーウッドを弱く使えないと思っているから、素直に言葉にしただけ。
しかし、それはボーウッドにとって、侮辱に等しい。彼は、満身創痍でありながら、怒りをあらわにした。
「ふざけ、るな」
「ああ、ごめんごめん。胸に穴が開いているんだから辛いよね。すぐに楽にしてあげるから」
ヴァルザードはボーウッドに近づくと、彼の肩を掴み、血に塗れた右腕を掲げた。
「じゃあ、さようなら」
なす術もなく棒立ちのボーウッドに向かい、ヴァルザードが仕掛ける。
しかし、その腕をサムが掴んだ。
「あれ?」
「――スベテヲキリサクモノ」
ヴァルザードが少しだけ驚いた顔をしてサムを振り向こうとするよりも早く、サムは彼の首を切り落とした。
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