56「魔王は楽しみだそうです」①




 戦うことを決めたサムと、躊躇うことなく彼についていくことにした水樹、ダフネ、ゾーイ、キャサリンを、転移魔法でボーウッドたちが集結する場所に送り出した遠藤友也は、ヴィヴィアンだけが残った部屋の中に音もなく姿を表した。


「いらっしゃい、友也」

「勝手なことをしてすみませんでした」

「いいのよ。でも、貴方らしくなく強引に話を進めたわね」


 すでに日が落ちた夜の国を部屋の窓から眺めていたヴィヴィアンの言葉に、バツが悪そうに友也が頭をかく。


「でも、確かめる必要があると思ったんです」

「その気持ちはわかるわ。でも、まさかとは思うけど、ボーウッドを唆してなんかいないわよね?」

「それだけはしていないと誓います。奴らが勝手に決起したことに間違いありません」

「――そう」


 もともとボーウッドは魔王を目指していた男だった。

 獅子族の中でも随一の実力を持ち、戦いでは負けなしだったため自信もあった。

 プライドが高すぎることや、感情的になりやすいこと。人間を過小評価し過ぎているという欠点を除けば、意外と面倒見のよく気さくな獣人だった。

 ――だった、のだ。


 数百年前。まだ現在と違い複数人の魔王が乱立していた時代に、魔王を名乗ろうとした。

 規格外の力こそ持っていなかったが、獣人の中では上位に君臨し、種族問わず部下も多く、当時ならば魔王を名乗るに問題なかった。

 しかし、彼は魔王を名乗ることができなかった。


 その理由は人狼ロボの登場だった。

 どこから現れたのか、出身もなにもわからない。

 かろうじて、自身が人狼族を名乗っているので、種族こそ判明しているがそれだけだった。

 人狼族のロボ。

 それだけしがわからない獣人の出現によって、ボーウッドは魔王を名乗ることが許されなかった。


 ボーウッドは魔王を名乗ると同時に、当時獅子族と敵対していた翼人族と戦争をしていた。

 彼は、翼人族の長を殺し、翼人族を配下に収めた上で魔王を名乗る予定だった。

 だが、どこからともなく現れた人狼ロボによって、敵味方関係なく蹂躙された。


 最初こそ、戦争の真っ只中に現れた人狼を「無粋」と判断し、誰もが排除しようとした。

 しかし、結果は、ロボの前に立った戦士はすべて平等に殺された。

 ロボの蹂躙は止まることなく、戦場を獣人の血で真っ赤にするほど続いた。

 ボーウッドも配下を殺されて激昂し、ロボに挑んだのだが、なす術なく倒されてしまった。

 死ななかったのは、ボーウッドが実力者だったからだ。


 その敗北により、ボーウッドは魔王を名乗ることができなかった。

 名の無い人狼に無様に敗北しておきながら、魔王を名乗れるのは、プライドの高い獅子族にはできなかったのだ。


 その後、ロボは種族関係なく、まるで暴走したように誰構わず戦い続けた。

 そして、魔王レプシーに倒されて――新たな魔王として名を連ねることになる。


「言うまでもないと思うけど、サミュエル・シャイト殿はボーウッドに勝てないと思うわ」

「かもしれません。ボーウッドは魔王になれるほど強くはありませんが、それでも伯爵級の魔族です。まあ、普通の人間では勝てない以前に、相手にならないでしょうね。――普通なら、ですが」

「もしかして、サミュエル・シャイト殿を普通ではないと思っているの?」


 ヴィヴィアンの問いに、友也は笑った。

 まさかそんな質問をされるとは思っていなかったようだ。


「当たり前じゃないですか。普通の人間に魔王レプシーは殺せない」

「――そう、ね」

「あと、魔族領に入ってからこっそり彼のことを見ていたんですが」

「まあ、悪い子ね」

「あはははは、すみません。気になっちゃって」

「それで、なにか気になることがあったの?」


 一瞬、友也は口を開くかどうか迷う仕草をしたが、結局言葉を紡いだ。


「彼は、とても喉が乾いているそうなんです」

「……そう」

「これは兆候だなと思いまして」


 友也の発した「喉が渇く」「兆候」という単語に、ヴィヴィアンの表情に影が宿った。

 彼女はサムに起きている「異変」に気づいたらしい。


「調べたところ、彼はレプシーと戦って以来、本気で力を発揮することはなかったそうですから、ここらで少し発散させる場所が必要かと思いました。――それに」

「それに?」

「彼が、サミュエル・シャイトくんが僕の想像している通りなら、いい友達になれそうなんです」


 話題を変えるようにそんなことを言った友也は、心なしか嬉しそうにも見える。


「貴方にとって、レプシー以来の友達ね。仲良くなれるといいわね」

「楽しみです」

「それと、教えておきたいことがあるの」

「どうしましたか?」

「あの子ね、無意識なのかもしれないけど『地球人』『日本人』って言ったの。私の記憶が確かなら、貴方の故郷の人間を指す言葉よね」

「――なるほど。やっぱりそういうことですか」

「そうみたいね」


 友也は、嬉しそうに、楽しそうに、輝かんばかりの笑みを浮かべる。


「やはり僕の思った通りですね。サミュエル・シャイト、いや、僕の同郷の友よ」



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