35「ギュンターも素直じゃありません」①




「サムぅううううううううううううううううう!」

「ようやく部屋から出てきたと思ったら、幽霊みたいでこえーんだよ!」


 ずりずり、と柱の影から這い出てくるギュンターは怖かった。

 端正な顔に生気がなく、ハニーブロンドの髪もボサボサだ。それでもイケメンなのがちょっと悔しく思う。

 ギュンターはサムの足にしがみつく。


「立ち直ったならクリーちゃんを呼んであげましょうか?」

「やめたまえ、フラン! 君は僕がどんな思いでこの数日を過ごしてきたいと思っているんだい!」

「やることやったのに責任を取ろうとしない変態の気持ちなんて知りたくないわ」

「――――い、言うじゃないか。だ、だが、不可抗力であることも考慮してほしい。媚薬を盛られ、ウルリーケの幼少期の服を着られて、逃げることもできない僕になにができただろうか!」


 涙を流すギュンターの姿を、耐性のない女性が見れば心奪われるかもしれない。だが、付き合いの長いフランは、冷たい目で彼を見ると、冷淡に一言を発した。


「せめて出さない努力をしなさいよ」

「フランさん、言い方ぁ! 下品! お下品!」

「あら、失礼」


 ぺろり、と舌を出すフランは可愛かった。

 デライトもそうだが、フランもなかなか口が悪い。

 ギュンターは、床に両手を置いて力なく、


「――無理でした」


 と、いろいろ耐えられなかったことを自白した。


「ギュンターも素直に無理でしたとか言ってんじゃねーよ!」


 聞きたくもない情報を耳にしたサムは、ギュンターの尻を蹴り上げた。


「あふんっ!」


 しかし、喜ばせることになってしまい、苦い顔をする。


(真面目な話、クリーはこんな変態の子供を身篭って後悔はないんだろうか?)


 女性たちはお茶会を開いて交流を深めているのだが、サムはクリーと普通に話をするが、特別親しいわけではない。


「にしても、いつまで屋敷にいるつもりだよ?」

「僕がこの家にいるのはいつものことじゃないか」

「そうなんだけど、そうじゃなくてさ。妊娠している奥さんを放置するなよって言いたいんだよ」

「奥さんなんて言わないでくれ! 父上も父上だ! 僕の合意なくあの小娘と結婚させるなんて!」

「失神したお前が悪いじゃん」

「青天の霹靂だったからね! 脳が処理しきれなかったんだよ! ウルリーケも、僕への最後の言葉があれって、思い出しただけで涙が出てくるのだけどね!」


 ギュンターの言い分もわからなくはない。

 執拗に偏愛していたウルから最後に告げられた言葉が、赤ちゃんができている、だ。

 世界が一変しただろう。

 しかも気絶している間に、公爵がギュンターとクリーの結婚を決定し、大々的に発表もしてしまったのだ。

 もう王都でギュンターとクリーの話を知らない人間はいない。


「そんなこと言っても、クリーちゃんのお腹にいる子はギュンターの子供で間違いないんだから、せめて家に戻るくらいはしてあげなさいよ」

「僕だって、別にできた子を邪険にしようなんて思っていない」

「あら、そうなの?」

「あの小娘と致してしまったことや、結婚させられたことはさておき、子供は僕の第一子として立派に育てることを約束しよう」


 ギュンターが子供を受け入れていることに、実は驚きはしなかった。

 彼が本当にクリーを拒むなら、結界術以外で対処すればいい。

 結界術以外の魔法だって使えるギュンターであれば、クリーにいいようにされるはずがないのだ。


「なんだかんだ言って、クリーのこと気に入っているんだね」

「誰があんな小娘を!」

「無理すんなって。本当にあの子が嫌なら子供のことだって嫌なはずだろ?」

「……うぐぐぐ」

「ウルだって、自分から卒業しろって言ったんだから、ギュンターが自分の家庭を持ってくれたほうが嬉しいはずだって」

「僕の予定では、サムの子を孕んで家庭を築くつもりだったのに!」

「だーかーらー、それは無理だって言ってんだろ!」


 子供ができてもギュンターはギュンターだった。

 サムだって、別にギュンターが嫌いだというわけではない。

 もちろん、妻に迎えたいなど微塵も思っていないが、なんだかんだと友人のように思っている。

 そんな友人に幸せになってほしいと思うのは、自然のことだった。


(よし、これを期にギュンターをクリーと完全にくっつけることができれば、俺の尻も守られるだろうね、うん!)


 ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、彼のような面倒な男にせっかく好意を抱いてくれる子がいるのだから、押し付けてしまう。

 ――なんて思ってしまうサムだった。



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