30「ルイーズさんの事情です」①
「シャイト様、ご足労いただき、どうもありがとうございます」
王宮には使用人たちが住まう一画がある。
王族つきの使用人から、地方から働きにきている者までいる。城下町出身者は通っている者が大半だが、他の使用人たちの多くは王宮で暮らしている。
基本的に、使用人たちはふたり、もしくは三人の相部屋だ。
しかし、役職がある者や、王族の誰かの専属などになると個室がもらえる。
そして、サムを自室に招いたルイーズもメイド長という立場であることから、個室をもらっていた。
「いいえ、俺もルイーズさんとは一度お会いしたかったで、ちょうどよかったです」
目上の女性に「シャイト様」と呼ばれるのは慣れない。
以前、「サムと呼んでほしい」とお願いしてみたが、王弟の長男で、伯爵位を持つ宮廷魔法使いであるサムを一介のメイドが馴れ馴れしく呼ぶことはできないと言われてしまった。
逆に、「ルイーズ」と呼び捨てるように頼まれたのが、結果として「ルイーズさん」と呼ばせてもらっている。
だが、まさか、彼女がセドリックの想い人だとは、初めて顔を合わせたときには想像もできなかった。
「お話というのは、セドリック様のことですよね?」
「はい。シャイト様はセドリック殿下のご友人のようですので、お願いしたいことがございまして、お呼びたてしてしまいました」
「友人と呼べるほど親しくなれればいいなと思っています」
サムはセドリックを友人と呼べるほどまだ親しいわけではない。
いずれ友人と呼べる関係になることができればいいと願っている。
「セドリック殿下に、私を諦めるよう御説得していただけませんか?」
「やっぱりそういう話になっちゃうんですね」
呼ばれたときから予想はしていたが、はっきり言われると少し残念に思う。
ルイーズに真っ直ぐな恋心を抱くセドリックは、きっと悲しむだろう。
人と人の気持ちなので、こういうこともあるが、なんともやるせない。
「殿下のお気持ちは嬉しいです。身体を重ねたから殿下が私に好意を抱いたわけではないことも理解しています」
「このようなことを尋ねるのは失礼だと思うんですが」
「構いません。なんでもお聞きください」
「セドリック様の気持ちを受け入れることができない理由を伺ってもいいですか?」
「――もちろんです。そのために、シャイト様をお呼びしたのです」
サムは、ルイーズに促され、椅子に腰を下ろす。
彼女はお茶の支度をしながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私は、田舎の農村に生まれました。貧しい村でしたが、森に囲まれていたため獣が多く、狩さえすれば食べることには困りませんでした。私は、そんな村で幼い頃から大人よりも強かったのです」
ルイーズのような人間は実際にいる。
スキルを持っている、魔力を持っている場合もあるが、単純に強者として生まれるものもいるのだ。
「両親を含め、村人からは不気味に思われていました。それでも、貴重な戦力ですから、不遇な扱いを受けたことはありません」
(子供を戦わせて、でも、強いから気味が悪いって、十分に不遇な扱いだと思うんだけどな)
話の腰を折るのも考えものだったので、サムは口にすることなく黙って耳を傾ける。
「子供ゆえの考えでしたが、こんな閉鎖的なつまらない田舎ではなく、もっと都会で自分の力を試してみたいと思い、飛び出しました。村の外は色鮮やかで、何もかもが新鮮でした。私は冒険者となり、若くして成功できました」
実際、強者に生まれた全員がルイーズのように成功するとは限らない。
生きていくにはただ強いだけではいけないのだ。
ルイーズには強さ以外にも、多くのものがあったのだろう。
「きっと浮かれていたのでしょう。いいえ、世の中を舐め切っていたのかもしれません」
とくに苦労を知らず冒険者として地位と名声を得たルイーズは、戦いだけでは満足できず、荒々しい生活を送っていたという。
好きでもない男と関係を持ったことがあり、男娼を買ったこともあるそうだ。
人間関係だけではない。
戦いに、いや、勝利することに飢えていた。
勝つためならなんでもした。人に言えないような酷いことをしたし、されたこともある。
「そんな生活を送っていたある日、ふと思ったのです。なにをしているんだろう、と」
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