21「デライトさんは困惑気味です」①
「――つまり、なんだ。レイチェル様が俺を……って、どんな冗談だってんだ」
「冗談だったらよかったんですけどねぇ」
シナトラ家の応接室で、テーブルを囲むサムたち。
デライトは、頭痛を覚えたような顔をしながら、隣を陣取り腕に手を絡めてくるレイチェルに極力顔を向けないようにしながら、力なく言葉を発した。
フランをはじめ、一同も苦笑いだ。
レイチェルだけが、にこにことご機嫌だった。
「……あのですねぇ、レイチェル様」
「あら、嫌ですわ。レイチェル様などと他人行儀の呼び方ではなく、レイチェルと呼び捨てにしてくださいませ」
「いや、一国の王女様を」
「王女の前に、デライト様の可愛い妻ですわ!」
デライトにレイチェルを紹介するために訪れたというのに、気づけば、元妻を追い返し、ちゃっかり妻のポジションに座ろうとしているレイチェルに、サムたちはどう突っ込めばいいのかわからない。
(このままレイチェル様を置いて帰ったら駄目かな?)
デライトに丸投げしたいが、そうはいかないだろう、と諦める。
「なあ、サム」
「はい」
「俺は、いつの間に、レイチェル様と結婚したんだ?」
「さぁ?」
「フラン! 酒だ! 酒もってこい! ウルがくれた年代物のブランデーがあっただろ! あれもってこい!」
デライトは酒に安直に逃げようとした。
しかし、笑みを浮かべたまま、デライトと腕を絡めるレイチェルが、
「わたくしたちの未来に乾杯ですわね」
なんて言うものだから、デライトはがっくり肩を落とした。
「お酒いらない……いらないからこの状況を誰かなんとかしてくれ」
ついに項垂れてしまったデライトの横で満面の笑みを浮かべているレイチェルは、肝が座っているというか、神経が図太いというべきか。
(デライトさんも拒絶しているわけじゃないんだけど、こんなに困っている横で平然とできるレイチェル様も大概だよなぁ)
嫁たちに顔を向けてみるが、リーゼは知らないとばかりに肩を竦め、ステラは笑顔で見守っている。
続いて、恐る恐るフランを伺ってみると、意外なことに微笑を浮かべて父を見ていた。
「なんというか、俺の気のせいじゃなけりゃ、レイチェル様はどこかギュンターの野郎を思い出すな」
「従姉妹ですから」
「あー、その一言で納得できるぜ。ギュンターが突然変異だと思っていたが、王家の血がやばかったんだな」
「みたいですねぇ」
「お前さんはよかったな、ステラ様があれに似なくて」
「本当にステラには感謝しています」
王家の血を引くと変態要素があるのでは、と推測するも、比較的まともな人間のほうが多い。
ただ一部の人間の個性が濃いため、全体的に酷く目立つのだ。
その筆頭がギュンターである。そんな彼も、現在、絶賛引きこもり中だ。
「で、だ。レイチェル様、そろそろ真面目に話をするとですね」
「なんでしょうか、あ・な・た。きゃっ、言っちゃいましたわ!」
「……真面目に! 話を! するとですね! 俺は、そのフランシス第一王妃様の派閥なんですよねぇ」
「王宮内に派閥なんてあるんですか?」
貴族だけではなく、王宮でも派閥があることにサムは辟易した。
「あら、サミュエルはご存知ないのね。王宮で働く者たちは、貴族の縁者が多いですから、自然と誰に着くか決めているのですよ」
「うへぇ」
「ちなみに、リーゼロッテの父ジョナサン・ウォーカー伯爵や、ギュンターの父イグナーツ公爵は、ステラお姉様の母上であるフランシス様の派閥ですわ」
レイチェルの補足を受け、サムはリーゼを見ると、彼女は静かに頷いた。
「なるほど、不思議ではありませんね」
王宮とは面倒らしく、王妃たちの派閥があるようだ。
しかし、ウォーカー伯爵家とイグナーツ公爵家がフランシス王妃の派閥に入っていることは納得できた。
クライドが、愛娘のステラをサムと引き合わせたのも、サムの後継人がステラの母の派閥に属するウォーカー伯爵だったのもあるのだろう。
「面倒だとは思うが、俺は、王族派の貴族で、イグナーツ公爵家に世話になっている身だ。イグナーツ公爵は、セドリック殿下を次期国王に指名した陛下を支持している。そうなると、俺は自然とフランシス第一王妃様側なんだわ」
「他の王子を国王にしたいと考えている人たちもいるわけですね」
「ご本人を前に言うのもあれだが、レイチェル様のお母上であるコーデリア王妃様は、御子息のラッセル殿下を次期国王にしたがっているから、まあ、察してくれ」
「面倒ですねぇ、王族も貴族も」
「違いない」
ははは、と力なく笑うサムとデライトだった。
が、
「ですが、派閥などわたくしとデライト様の愛の前では関係ありませんわ!」
ある意味、一番気にしなければいけないレイチェルが派閥など知ったことではないと言い放つ。
(本当に、この人は図太いなぁ)
いい加減、サムはレイチェルの言動に感心し始めるのだった。
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