20「自称妻VS元妻です」②




「お、お言葉ですが、私は旦那様と」

「旦那様となんですって?」


 威圧を込めたレイチェルの視線に、ナンシーはたじろぐが、それでも懲りもせず自分の意見を主張した。


「復縁したいと考えているんです」

「そうですか。ところで、どのような理屈があって、デライト様とフランチェスカを捨てて出て行った人間が、今になってのこのこ現れて受け入れてもらえると思っているのでしょうか?」

「それは」

「それは? なんですの?」

「私は困っているんです!」


 ナンシーの言葉に、レイチェルのみならず、サムたちも「なにを言っているんだ、こいつ?」となった。

 レイチェルのぶつけた疑問は、どのような理由で捨てた家族の前にのこのこ顔を出せたのか、というものだ。

 それに対し、困っている、とは答えになっていない。

 そりゃそうだろう、とは思うが、そういうことを聞いているのではないのだ。


「知りませんわ、そんなこと。わたくしやデライト様には関係のないことではありませんか」

「息子がいるんです! 旦那様だって、一目見れば、気に入ってくれるはずです! 息子には旦那様が必要なんです!」


 ナンシーの言い分は、ますますサムたちを困惑させた。

 子供に父親が必要なのは理解できるが、なぜデライトなのだろうか、と不思議に思う。


(いや、そういうことはその子の父親に言えよ。デライトさんにじゃねーだろ)


 余計な口を挟まず傍観に徹しているサムだったが、つい大きな声で突っ込みたくなった。

 妻たちを伺えば、ふたりも呆れた顔をしている。


「……一応確認しておきますが、あなたの息子の父親はデライト様ではないですのよね?」

「そうですが、私の子供です! 旦那様だってきっと!」


 どのような理屈かわからないが、ナンシーの中では、デライトが他人の子を受け入れてくれるようだ。

 デライトはぶっきらぼうだが、優しい人だ。出て行って別の男と子供を作った元妻とはいえ、本当に困っていたら手を差し出す可能性はある。

 しかし、そんなことをしてしまえば、ナンシーはつけ上がるだろうし、デライトの今後の足を引っ張り続けるだろう。


「……理解ができないので、教えていただきたいのですが、どうしてデライト様が他人の子供を受け入れなければならないのですか? もしかして、育てさせるつもりですか?」

「妻だった私の子供なのですよ! そのくらいのことをしても当たり前でしょう!」


 酷い暴論を言い放つナンシーに、さすがのレイチェルも頭痛を覚えたような顔をした。


「……駄目ですわ。狂っているギュンター以上に会話ができませんわ。いえ、ギュンターの変態的言動を相手にしていたほうが、数倍マシですこと。とりあえず、わかったことはひとつだけ――あなたは、わたくしとデライト様の仲を邪魔するつもりなのですね?」


 だが、次の瞬間、レイチェルの顔から表情が消えた。

 どこまでも冷たい、まるで氷のような瞳で、ナンシーをじっと見つめる。

 レイチェルの視線を受け、ナンシーが「ひ」と短い悲鳴をあげる。

 無理もない、サムでさえ、レイチェルの変わりように息を飲んだ。

 感情を消し、敵意を超えた殺意を前面に出して隠そうとしないレイチェルは、正直、怖かった。


「そ、そんなつもりは」


 ナンシーも自身の言動がレイチェルを怒らせたと気づいたのだろう、言い訳をしようとするが、もう遅かった。


「わたくしを、スカイ王国第二王女レイチェル・アイル・スカイを敵に回すということでよろしいのですね?」

「ち、違います! 私はただ」

「ただ? なんですの?」

「……いえ……なんでも、ありません」


 能面のような顔をしたレイチェルに、吐息がかかるほど近づかれ、ナンシーはついになにもいえなくなった。

 すると、レイチェルは一歩離れると、一変して満面の笑みを浮かべて手を叩く。


「違うのであればよかったです。元とはいえ、一度でもデライト様が愛された女性に酷いことはしたくありませんもの。では、これから言うことをよく聞きなさい」


 にこにこ、と楽しそうに、レイチェルが笑う。

 サムは、同い年の王女の笑顔が怖いと心底思った。


「二度とデライト様とフランチェスカの前に顔を見せないようになさい。もちろん、わたくしの前にもですわ。いいですわね」

「――ひ」

「返事をなさい」

「――――は、い」


 身体を小刻みに震えさせながら声を振り絞ったナンシーに、レイチェルは満足そうに肯く。


「よろしいですわ。さて、わかったのであれば、デライト様がこの騒ぎを聞きつけてこちらに来る前に――消えろ」


 低く響くレイチェルの声に、ナンシーは返事もせず逃げ出した。

 フランに目も向けず、びっしょりと汗を浮かべ、悲鳴さえ上げる余裕もなく、ただ走っていく。


「レイチェル様、あの、本気ですか?」


 ナンシーが消えたので、サムが恐る恐る尋ねてみた。

 すると、


「冗談に決まっているじゃないですの。あの手の輩は、このくらい脅しておかないと懲りもせずにまた来ますからね」


 ナンシーへの態度が嘘のように、威圧感と作り物の笑顔が消えて、シナトラ家に来る前のレイチェルの雰囲気に戻った。

 安堵するサムに苦笑しながら、レイチェルはフランに声を掛けた。


「これでよかったのでしょう、フランチェスカ?」

「ご対応くださり感謝します。あの女は、私では追い払えなかったでしょうから、助かりました」


 フランがレイチェルに頭を下げる。

 母親ゆえにフランに強気に出ていたナンシーだったが、さすがに王女では相手にならなかった。


(本当に冗談だったか怪しいけど、問いただすことでもないし、いいか)


 リーゼとステラも止めに入らなかったのは、レイチェルが本気でないとわかっていたからか、それともやってしまえと思っていたのか。

 サムは真相を知らぬままでいいと判断した。


「お顔を上げてくださいな。わたくしたちは家族なのですから、お礼など不要ですわ」

「うわ、さらっと家族とか言ってるし!」


 ここぞとばかりに家族に滑り込もうとするレイチェルに、サムが突っ込んだ。

 ナンシーのような人間はサムも好きではないが、レイチェルはレイチェルで十分に面倒臭いと思う。

 問題はフランがレイチェルにどう対応するのか気になる。


「――おいおい、騒がしいが何事だ?」


 そのとき、屋敷の中からデライトが現れた。

 刹那、レイチェルが瞳を輝かせてデライトに抱きついた。


「嗚呼っ、デライト様! お会いしとうございました! このレイチェル・アイル・スカイ! デライト様の赤ちゃんを産みに馳せ参じましたわぁあああああああああああああ!」

「本当に何事だぁあああああああああああああああああああああああ!?」


 突然すぎるレイチェルの求愛に、デライトはわけもわからず大絶叫したのだった。



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