18「自称妻が乗り込みました」②




 王女の顔を知らないナンシーよりも、顔見知りのフランの驚きはもっと大きかったに違いない。

 なんの前触れもなく第二王女が、宮廷魔法使いでありスカイ王国最強の少年と、その妻を連れて現れたのだ。驚くな、というほうが無理だ。また、ここにはいないが馬車の中で花蓮は爆睡中だ。

 しかし、ナンシーはレイチェルはもちろん、サムとリーゼ、そしてステラの顔さえ知らないようだ。


「だ、誰よ、この子供は!」

「――デライト様の妻ですわ!」

「……はぁ!?」


 高々と宣言するレイチェルに、驚きの声を上げたのはフランだった。

 あちゃー、と困った顔をするサムに、フランが視線を向けてきた。


「サムくん!」

「はい!」

「説明して!」

「えっとですね」


 どう説明すべきかサムは悩む。

 フランが女性となにを話していたのか詳細はわからないが、シナトラ家に到着するとデライトに見合いが舞い込んでいることが聞こえてきた。続いて、デライトを幸せにできる女性がいるかどうかの問答になったので、我慢できずにレイチェルが突貫した流れだった。

 ただ、これをフランにそのまま伝えていいものかと考えてしまう。すると、レイチェルが一歩前に出た。


「サミュエル、ここはわたくしが説明しましょう」

「あ、はい。でも」

「お願いしますわ」

「……わかりました」


 レイチェルに説明させるのに不安を覚えるも、サムはどう説明していいのかわからなかったので、任せることにした。


(おかしなことを言いませんように。デライトさんのためにも!)


 サムが祈っていると、レイチェルはスカートをつまみ、フランに挨拶をした。


「ご機嫌よう、フランチェスカ・シナトラ。こうしてお会いするのはずいぶんと久しぶりですわね」

「そう、ですね。ご無沙汰しています。ところで、あの」

「わかっています。では、簡潔に説明します。――今日からわたくしのことをママと呼んでくださいまし!」


(はい、やっぱりお馬鹿なこと言い出したぁあああああああああああ!)


 サムの不安は杞憂では終わらなかった。

 唖然とするフランは、なんとか言葉を絞り出す。


「……意味がわからないのですが」

「ですよね! ちょっとレイチェル様! なにもう嫁いだ気になっているんですか! さっきから気が早いんですよ!」


 フランの疑問に続き、サムが突っ込むと、レイチェルははっとした表情を浮かべた。


「申し訳ありません。デライト様のご自宅に足を踏み入れたという事実だけで、わたくし孕んでしまいそうで、気持ちが昂ってしまいましたわ!」

「孕まねーよ!」


 セドリックもそうだが、レイチェルにもギュンターを彷彿させるものがある。

 よく似た従姉妹だと感心すべきか、嘆くべきか悩む。


「サムくん、リーゼ、ステラ様! どう言うこと!? どうしてレイチェル様が、父と!? もしかして、私の知らないところで手を出していたの!?」


 レイチェルの言動のせいで、フランが大きな勘違いを始めた。


「落ち着いて、フラン。そうじゃないわ。レイチェル様が一方的にデライト様をお慕いしているのよ」

「そうなの?」


 リーゼが慌ててフォローに入ったおかげで、フランが安堵の息を吐く。


「リーゼロッテ! 一方的にとか言わないでくださいますか! わたくしとデライト様が相思相愛で――もごもごっ」

「レイチェルは少し静かにしていましょうね」


 再び余計なことを言い出すレイチェルの口を、背後からステラが塞いだ。

 思わずサムとリーゼは、よくやった、とステラに親指を立ててしまった。


「け、結局どうなの!?」

「安心して、レイチェル様が慕っているだけよ。今日もデライト様のことを紹介してほしいと頼んできたの。連絡もせず連れてきてしまったのはごめんなさい。でも、いつの間にか相思相愛になっているなんて、さすがギュンターの従姉妹ね」

「ああ、ギュンターの。そうよね。王女様ならギュンターの従姉妹よね。今までの言動に納得できたわ。でも、レイチェル様って、こんな方だったかしら? もっと、こう……」


 フランは言葉を途中で止めた。

 おそらく、フランの知るレイチェルの心象は、お世辞にもいいものではないのだろう。

 と、そこで、今まで完全に蚊帳の外だったナンシーが唾を飛ばして怒声を上げた。


「なんなの、あんたたち! こんなガキなんてどうでもいいのよ! 旦那様を出しなさい、早く!」

「あの、フランさん、この方は?」


 サムの問いかけに、フランはうんざりした様子で口を開いた。


「……お父様の元妻よ」


 フランの言葉に、全員の視線がナンシーに集中した。

 次の瞬間、


「デライト様の元妻ですってぇえええええええええええええええええええええ!?」


 ステラの手から逃れたレイチェルが、この場にいる人間の心を代弁するように叫んだのだった。



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