64「結婚前夜です」①
ウルの浄化が失敗に終わってから一週間が経った。
あの日から、サムはウルとの訓練に力を入れると同時に、残りの時間を大切にしていた。
彼女と戦い、笑い、遊び、思い出を作った。無論、サムだけじゃない。家族や友人たちと、できるだけ多くの思い出を作ったのだ。
そして、ウルが望んだ通り、早められた結婚式が明日行われる。
今日は前夜祭だと言わんばかりに、伯爵家で宴が開かれた。
サムをはじめとする、明日の主役たちの縁者が伯爵家に集まり無礼講のどんちゃん騒ぎとなった。
ウルの願ったように、誰も暗い顔などせず、笑顔を浮かべている。
リーゼたちの友人も招かれ、サムが挨拶し、談笑をした。
他にも、ピンクのドレスに身を包んだ宮廷魔法少女キャサリンや、霧島薫子、ガブリエル公爵、ミヒャエルなども参加してくれた。
普段は、こういう場では働くダフネとデリックもサムの大切な家族として、宴に参加している。
宴は賑やかに続き、酔いに任せて芸を披露する者まで出てきた。
途中、純白のウエディングドレスを着て結婚式に当たり前に参加しようとしていることがバレたギュンターが、ウルにドレスを燃やされ悲鳴を上げたあと、笑顔のクリーにお仕置きのために連行されるという愉快な一幕もあった。
現在も、時々、ギュンターの悲鳴が聞こえるのは気のせいだと思いたい。
サムは、酒の代わりに、冷水やお茶を中心に飲んでいたが、妊婦のリーゼ以外の婚約者たちもワイン片手に楽しそうだ。
今はウルを囲んで談笑している。
そんな婚約者たちを尻目に、夜風に当たりたいと思ったサムは、テラスから飛んで伯爵家の屋根に登った。
夏の夜空に広がる月は、泣きそうになるほど綺麗だった。
月は魔力を発しているなんて説があるほど、この世界に置いて月は魔法的に重要視されている。
特別な儀式を行う際は、月のでている夜、とくに満月が好ましいとされる話もある。
実際は、確証などないのだが、あの神秘的な美しさを持つ月に誰もが魅せられているのだろう。
サムもそのひとりだ。
以前は、月を見ても、日本で見た月よりも綺麗だなという感想を浮かべるくらいだった。だが、最近は違う。
月の美しさ、神秘さに魅了されてしまったような感覚を受ける。
いつまでも眺めていたい、そんなこと思うこともある。
そんなサムの隣に、音もなく誰かが現れ、座った。
「――ウル」
「ふっ、なんだ。結婚前にかっこつけて月なんて眺めて」
「別にかっこつけてるわけじゃないよ。ただ」
「ただ、なんだ?」
「緊張しているんだ」
結婚というだけで一大イベントだというのに、サムの場合は結婚相手が五人もいる。しかも、皆美しい女性たちだ。緊張するな、というほうが難しい。
だが、ウルはサムを笑う。
「情けない男だな。一番の晴れ舞台なんだ、もっとしゃんとしろ。そもそも、身内だけの結婚式なんだぞ、そう緊張することもないだろう」
ウルの言う通り、サムたちの結婚式は身内と一部の友人たちを招いて行うことになっている。
宮廷魔法使い最強のサムの結婚式であり、王女ステラも結婚相手なのだが、大々的に行うことにしなかったのだ。
これに関しては、サムはノータッチだ。ジョナサンやクライド国王たちの話し合いで決まった。
名前も顔もしらない貴族が参加するのも、彼らに愛想を振り撒くのも面倒なのでほっとしている。
サムも一応は伯爵位を持つ貴族なので、結婚式を親しい者だけで済ませてしまうと言うのも問題はあるのだが、せっかくの結婚式に政治や貴族のしがらみを絡めたくなかったのでこれでよかったと思っている。
ただし、一部の貴族が、なぜ自分たちが結婚式に呼ばれないのだ、と文句をウォーカー伯爵家に言ってきたらしいが、そういう貴族こそお断りだ。
王女の結婚式に参加することは、王族と縁があるということになるし、ステータスになるようだが、そんなこと知るか、というのがサムの嘘偽りない感想だった。
参加者は、王族からクライド国王陛下、フランシス第一王妃、セドリック第一王子、サムの祖母でもあるヘイゼルが。
イグナーツ公爵家から、公爵夫妻、ギュンター、クリーが。
紫伯爵家から木蓮と家族たち。
雨宮家から、蔵人とことみ。
シナトラ伯爵家から、デライトとフランチェスカ。
他にも、サムの縁者であることからグレン侯爵が出席することにもなっている。
アリシアのかつての婚約者だった、ロバート家も出席してくれる。
サムの友人として薫子が、ウルの友人としてキャサリン宮廷魔法少女、ミヒャエル、ガブリエル公爵夫妻もだ。
そして、サムの大切な家族として、デリックとダフネ、そしてティーリング子爵家の母たちも参加してくれる。
さらに、灼熱竜と子竜たちも結婚式に参加することになったのだが、スカイ王国の歴史が長くとも竜が結婚式に出るなど初めてのようだ。
最後に、ウォーカー伯爵家から、ジョナサン、グレイス、エリカ、そして使用人たちが参加する。
(身内だけって言っても、六人で結婚だから結構な人数が参加するんだよねぇ)
なんてことないと言うウルに、サムはこっそり肩を落とした。
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