63「ゾーイからの忠告です」




「ありがとう」


 今日も王都には多くの人たちが出入りしている。そんな喧騒の中、サムはゾーイを見送っていた。

 ウルたちはこの場にいない。見送りは必要ないと言ったゾーイをそのまま帰してしまうのも礼儀知らずなので、サムが代表して見送りにきたのだ。

 ジョナサンは感謝を示そうとしたが、ゾーイははっきりと断っていた。

 スカイ王国王都の出入口の大きな門の前で、サムはゾーイに右手を差し出した。


「ふん。お前が私に感謝する必要はない。ダグラス様の御命令だった。それに、結果は失敗だったのだ」

「それでもさ、あんたが力を貸してくれたことに感謝しているんだ。もちろん、ダグラスにもお礼を言っておいてくれ」

「伝えるだけ伝えよう」


 結局、ゾーイはサムの手を握ることはせず、代わりに鼻を鳴らした。

 力になってくれたが、打ち解けることができなかったことに、残念だと苦笑を浮かべてしまう。


「なあ」

「なんだ」

「あんたは、そのレプシーの眷属だったんだよな?」

「それがどうしたのだ?」

「俺のことを恨んでいるのか?」


 聞いておくべきだ、と思った。

 邂逅時から敵意を向けられていたが、彼女がレプシーの眷属であったというのなら納得できる。

 主人の命を奪ったのだ。無理もない。

 ダグラスの命令があったとはいえ、そんなサムに協力してくれたのだから感謝しかない。

 ゆえに、彼女と向き合おうと考えたのだ。


 レプシーを解放したままではいられなかった。

 サムの愛する人たちのために、この国に住まうひとのために、レプシーの命を奪ったことは後悔していない。

 わかり合うことはあの場では難しく、実力的にも対等に話し合えるほど拮抗していたわけではない。

 サムには、戦う以外の選択肢がなかった。

 それでも、最善の選択をした。

 だが、ゾーイにとっては違うだろう。サムは、ゾーイに向き合いたいし、恨みがあるのなら受け入れるべきだと思った。


「いや――恨んではいない」


 しかし、以外にもゾーイからの返答はサムの予想と違った。


「レプシー様に安らぎを与えてくれたことには感謝している。だが、その矮小な力でレプシー様のお命を奪ったことが理解できず、腹立たしいのだ。お前が弱いせいで、レプシー様の実力を疑問視されては困る」

「あいつは強かったよ。俺が今まで戦った誰よりも」

「そんなことはお前に言われずともよく知っている」


 だろうね、とサムは頷いた。

 サムはレプシーの全盛期の力も、全力も知らない。

 少しだけ、そのことを残念に思う。

 全盛期の、怒りに支配しされていないレプシーと出会いたかった、そんなことを考えてしまう。


「お前に忠告をしておこう」

「うん、聞くよ」

「私は、始まりの吸血鬼であり魔王であらせられるヴィヴィアン・クラクストンズ様から騎士の爵位を授かっているが、準魔王級の力があるとご判断いただいている。私自身は、そんなもったいない評価をされて困惑しているが、それでも、お前より強い」

「だろうね」

「お前は私の動きにまるで反応ができなかった。言っておくが、あれは全力ではない。わかるな? お前では、我々魔族を相手にして生き延びることはできないだろう」

「そのくらいは理解しているよ」


 サムも馬鹿ではない。

 目の前にいるゾーイはもちろん、魔王ダグラスと魔王エヴァンジェリンに現状では逆立ちしても勝てないことくらいはわかる。

 レプシーを倒した一撃を使えば、というのはナンセンスな考えだ。

 その力の意味も代償もわからない魔法を、自身の力だと数えるような恥知らずな真似はできなかった。


「ダグラス様たちがお前に友好的であったとしても、魔族の中にはレプシー様を倒したお前を殺して魔王の後釜に座ろうという愚か者もいる。魔王様方が目を光らせてはいるが、いつお前の前に現れるかわからない。せいぜい、覚悟しておくといい」

「忠告ありがとう」

「ふん。せいぜい怯えて暮らすといい」


 ゾーイの忠告は、サムも懸念していたことだ。

 名のある存在を倒したということは、リスクが付き纏う。

 レプシーに勝てずとも、サムになら勝てると思う魔族が出てきても不思議ではない。むしろ、今まで野心を停滞させていた魔族たちに火をつけた形になるかもしれない。

 かつてのサムであれば、現れるかもしれない強者に「臨むところだ」と笑ったかもしれない。

 しかし、今のサムはそうは思えなかった。

 サムには守るべき人がいる。愛する人たちがいるのだ。万が一、その人たちに危害を加えられたら、きっと――。


「せいぜい、レプシー様の名に恥じぬよう強くなるといい。強くなることができれば、だがな」


 そう言い残したゾーイは、サムに背を向け喧騒の中を歩き始める。


「では、さらばだ」

「ああ、また」


 別れの挨拶を口にした彼女は、音もなく消えた。

 改めて、彼女の動きに何も反応ができなかったサムは、拳を強く握りしめた。

 大切な存在を失わないように、強くなろう。そう誓うのだった。



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