53「魔王たちが帰りました」
「だ、ダーリン、まさかそんな変態女が好みだなんて。私は変態じゃねえのに……どうしよう」
エヴァンジェリンまでもがダフネの言葉を信じて動揺して震えていることに、サムは頭が痛くなった。
「いや、あの、俺が変態が好きとかいう誤解をやめてくれませんか!」
「坊っちゃま、あまり気にせずとも男性など少なからず変態ですから」
「誤解を招いた張本人からフォローされてもね!」
ダフネのにっこり笑顔に、サムは引きつった顔をする。
そんなサムをスルーして、ダフネはダグラスに視線を向けた。
「ご無沙汰しています、ダグラス様。いろいろお話もあるかもしれませんが、今はお引き取りください」
「そうだな、そうするつもりだ。人間の国で揉めるのは俺も本意ではないし、ヴィヴィアンにもバレてしまったのでな。急いで帰らねばならん」
「感謝致します」
深々とダグラスに頭を下げたダフネ。
そんな彼女にエヴァンジェリンが抗議の声をあげた。
「おい! 私にもちゃんと礼を尽くせよ!」
「あ、さようならー」
「だから、扱いが軽いんだよ!」
どうやらエヴァンジェリンは、魔王なのに適当に扱われているのが不満のようだ。
しかし、なんだかんだ言って親しいのだろう。
ゴスロリ魔王も本気で怒っているわけではないように見えた。
「言っておきますが、あなたたちがさっさと帰らないと、準魔王級に匹敵する魔法使いが飛んできますよ」
「ほう、人間に準魔王級クラスがいるのか」
「サム坊っちゃまのお師匠様です」
ダフネの言う魔法使いがウルだということにすぐ気づく。
(ウルって準魔王級なんだ。いや、ウルでも準がつくって、魔王の実力が測りきれない)
「では、なおのこと揉めるわけにはいかないな。帰るとしよう。行こう、エヴァンジェリン、ゾーイ」
「はい」
ゾーイが返事をすると、ダフネを一度だけ睨みつけると踵を返す。
彼女はもうサムには興味がないようだ。
攻撃に対応できなかったことで、なにか思うことがあったらしい。
「私は残るぞ」
そんな中、空気を読まず帰らないと言い出したのがエヴァンジェリンだ。
「お前な、またそんなわがままを」
「ダーリンのそばにダフネがいるのに、私が帰らなきゃならねーとか意味わかんねぇんだけど! ダーリン、いいか、隙を見せるなよ! 凌辱されるぞ!」
「いや、さすがにそんな」
エヴァンジェリンがダフネのなにを知っているのか不明だが、さすがに言い過ぎだと反応に困る。
そもそも姉同然のダフネにそう警戒する理由がない。
だが、エヴァンジェリンにとっては違うようだ。
「ばっか! 昔のダフネを知らないからそんなことが言えるんだよ!」
「エヴァンジェリン様、あまり坊っちゃまの前で誤解を招くようなことを言わないでください。それではまるで私が遊んでいる女ではないですか。歴とした処女ですよ」
「生娘なのに、数多の男を狂わしてきたとか、魔王より質はわりーじゃねえか! お前、本当にダーリンに手を出すんじゃねえぞ!」
「…………」
「返事しろよ!」
「――突然の当身!」
「――はうっ」
なにやらダフネのとんでもない過去を聞いた気がするが、それよりもサムを驚かせたのが、彼女が突然の武力行使に出たことだ。
油断し切っていたエヴァンジェリンの腹部に当身をくらわすと、可愛い声を出して、意識を失ってしまった。
「お、おい、ダフネ!?」
メイドの蛮行に、サムが慌てるがダフネは気にした様子もなく、エヴァンジェリンを受け止めるとダグラスに放り投げた。
「エヴァンジェリン様がうるさかったので静かにしてもらいました」
「それでいいのかよぉ。仮にも魔王だろぉ」
「いいんですよ。エヴァンジェリン様の扱いなんて、昔からこうでしたから」
少しだけ、エヴァンジェリンがかわいそうになった。
「そうだ、言い忘れるところだった」
エヴァンジェリンを担いだダグラスが「またな」と背を向け、立ち去ろうとすると、ゾーイが足を止めてサムを振り返る。
「後日、魔王ヴィヴィアン様が、貴様との席を設けたいと申している」
「えっと、拒否権は?」
「貴様にあるわけがなかろう。後日、書簡を届けよう。心して待つといい」
それだけ言うと、ゾーイはこれ以上用はないとばかりに立ち去っていく。
「まあ、なんだ。最後はぐだぐだになっちまったが、今日は会えてよかったぜ。また会おう、サム」
「ああ、また機会があれば」
サムとダグラスは軽く手を挙げ合い、別れの言葉を交わした。
「一応、エヴァンジェリンにもよろしく言っておいて」
「そんなことをしたらエヴァンジェリンがつけ上がる気もするが、まあいいだろう。承知した。ダフネ、ヴィヴィアンとサムが会うときに、お前も同行するといい」
「かしこまりました」
「じゃあな」
ダグラスとゾーイは、まるでそこに最初からいなかったのではないかと勘違いするほど、すっと喧騒の中に消えていった。
気配を探ってもまるで見つからない。
改めて、魔王たちの実力が自分のよりも数段上にいることを思い知らされた。
もし魔王たちが、ただ自分に会いにきたのではなく、命を奪おうとしていたのなら、とっくに死んでいただろう。
そう言う意味では、ダグラスとエヴァンジェリンが友好的でよかった、と感謝する。
「ダグラス様とエヴァンジェリン様には気に入られたようですが、ゾーイの態度には困りましたね」
「理由はわからないけど、あの子には嫌われているみたい」
「ゾーイは元々魔王レプシー様の眷属でしたので、坊っちゃまに思うこともあるのでしょう」
「――そこまで知っているんだね」
ダフネは、魔王がスカイ王国にきたことだけではなく、レプシーの存在と、サムが戦ったことまですべて把握しているようだ。
思い返せば、ダフネは家族として大切な存在だが、彼女のことをあまり知らないことを思い出す。
そんなサムの胸の内を見透かしたのか、ダフネは柔らかく微笑んだ。
「あとですべてをお話しします。ですが、その前に」
ダフネが空を見上げるので、サムも同じように視線を向けると、緋色の髪を靡かせたウルが飛んできていた。
「サム! 魔王はどうした!?」
「帰ったよ」
「――は あれ? 帰ったの!?」
「あー、うん、そうなんだよ」
「そっかー、私、遅かったかー」
おそらく魔王の存在に気づき飛んできてくれたのだろう。
師匠の気遣いに感謝しつつも、自分以上に好戦的なウルと魔王が出会わなかったことに少しだけほっともしていた。
「ありがとう、ウル。心配して、来てくれたんだろ?」
「それもあるが、魔王と戦いたかった!」
「……やっぱり」
実にウルらしい。
そうサムは苦笑するのだった。
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