45「魔王との邂逅です」③




 サムは、どう言葉を発していいのかわからずにいた。

 眼前には、黒髪のゴスロリ少女が、なぜか自信満々に胸を張っている。心なしか、彼女の頬は赤く、瞳も潤んでいる。

 そんな少女の背後では、褐色の巨躯を持つ男が「どうしたものか」と困ったように首を傾げている。


(なになになに、なにこれ、どうしていきなり旦那にされそうになってるの!? ていうか、なんかこう言う状況に前にもなったようなことがあるはずなんだけど!?)


 脳裏をよぎるのは、スカイ王国が誇る変態の眩しい笑顔だった。

 サムの記憶が正しければ、その変態と戦闘になっている。


(まさかとは思うけど、ギュンターの時みたいに戦う、なんてことにはならないよね。相手は女の子だけど、魔王だぞ!)


 勝つとか負けるの問題ではない。

 魔王がサムの反応次第で敵対してしまう可能性があること自体がまずいのだ。


(ああっ、もうヤケクソだ! 最悪の場合はウルとの約束を破ってでも魔王と戦わないといけない!)


 サムは恐る恐る、相手を刺激しないように、ゆっくりと口を開いた。


「えっと、どうしてそうなったのか聞かせてくれると嬉しいですけど」

「初対面の、それも魔王の私と食事をしたいなんて、一目惚れしたんだろ?」

「……えー」


 説明してもらっても理解ができなかった。


(うん、よくわからないけど、とりあえず魔王を食事に誘わない方がいいことだけはわかった)


 サムが心底困った顔をしていると、大男の魔王が間に割って入ってくれた。


「なんというか、すまん。身内の恥を晒すようだが、発作だと思ってくれると助かる。こいつはちょっと誰かに優しくされると、自分に惚れているのだという勘違いをよくする」

「よくしちゃうんだ!」

「勘違いじゃねーし。私と食事をしたいんだろ? 弱い人間が勇気を出して私を誘ったんだ。なら、それに答えてやるのが淑女ってもんだろ」

「……お前は、淑女という言葉をちゃんと調べてこい」


 大男に同意見のサムだったが、言葉にはせず頷くだけにしておいた。

 すると、黒ゴスロリの魔王が見る見る不機嫌になっていく。

 彼女は、確認するようにサムを見た。


「私と食事がしたいんだろ? その前に、まず、心から私のものになるって忠誠を誓うなら――」

「じゃあいいですぅー」

「え? ちょ、待てよ!」


 なんというか、いろいろ面倒になったサムは関わらないことが一番だと言う答えを出してしまい、この場から離れようとした。


(魔王? そんなもん知るか! 俺はリーゼ様に焼き菓子を買うために街に来たのに! ああ、もう面倒臭い!)


 これに慌てたのは大男だった。


「おいおい、勘弁してくれ! せっかく飯を奢ってくれるっていうのに、お前のせいでご機嫌斜めになっちまったじゃないか!」

「うっさい! つーか、さっき私のことを身内とか言いやがったけど、舐めんな。同じ魔王でも、お前のほうが格下じゃねえか!」

「それりゃそうだが、はっきり言うなよ。傷つくなぁ。あと、腹が減った、とりあえず、飯にしよう。友好的に、な、な?」


 サムの肩に手を回し、宥めるように愛想笑いをする。

 ふん、と不機嫌な顔をしている少女もサムに袖にされたのは嫌なようだが、お腹が減っているのは同様のようで、暴れる気配はなかった。


「とりあえず、飯食って落ち着こうじゃないか。えっと、そういえばお前は」

「サムだ。サミュエル・シャイト」

「――ん? どこかで聞いたことのある名前だな。まあ、今はいい。俺はダグラスだ。自分で仰々しく名乗るはあれだが、一応魔王をやっている。種族はオーガだ」

「え? オーガ? でも」


 友人のように接してくる大男がオーガであると聞かされて、サムは思わず聞き返してしまった。

 ダグラスを名乗った魔王は、スカイ王国では珍しい褐色の肌だが、見た目は人間そのものだ。


「あー、今の姿は人間に化けているんだ。といっても、俺は特別でな。純潔なオーガではあるが、何度か進化している。そのせいか、人間に近く思われることは珍しくない」

「純血? 進化?」

「その辺もわからないのか。まあ、人間で、俺たちと反対側に住んでいるなら無理もないか。そのあたりは、機会があれば教えてやってもいいが、おそらくお前には関係ない話になるだろうな」


 サムの知るオーガは、青や赤い肌を持つ角を持ち強力な力を振るう亜人だ。

 モンスター、と括るにはその力は強力で、知性も高く、感情と欲望のまま暴れることもない。

 近しい種族で、東方の日の国に鬼がいるが、こちらのほうがもっと野蛮で邪悪な存在だ。


「もしかすると、俺たち亜人とモンスターの境界線が曖昧なのかもな。ちょっとわからない、って顔してるぞ」

「あ、いや、別にオーガをモンスター扱いするつもりはないんだけど」

「気にしちゃいないさ。よくあることだし、俺たちだって、自分たちがオーガであることはわかっていても、モンスターよりか、人間よりかわからなんだよ」


 ダグラスは気にした様子もなく笑った。

 彼にとって、自分が魔王であり、オーガである。それだけで十分なのだろう。


(――そっか、モンスターだとか人間だとか、亜人とか、区別しようとするのは人間の悪い癖か)


 良くも悪くも人間は、自分たちとそれ以外の括りにこだわることがある。

 ときには、出身国の違いや、生まれた場所でさえ、差別の対象になることもある。

 しかし、そんなことをするのは、きっと人間だけなんだろう。


「ちなみに、これでもオーガの他にオークをはじめとする種族を配下にしている。機会があれば、部下も紹介したいな。おい、そろそろ機嫌直してお前も自己紹介くらいしろ」


 ダグラスは、背後で拗ねている少女に声をかけた。

 ゴスロリ魔王は、サムをじぃっと見つめると、再び偉そうに胸を張った。


「私は、エヴァンジェリン・アラヒーよ。妻になる私の名前をその胸に刻みなさい!」

「めげないな、お前。ふられただろ」

「ふられてねえよ! 照れてるだけだって、わかるじゃねえか!」

「……はぁ。すまんな、サム。ま、好きに言わせておけ。ついでに言っておくが、エヴァンジェリンは竜王の娘だ」

「――は?」

「おい、勝手に私のことをぺらぺらしゃべるんじゃねえよ! それに私はもう縁を切ったんだ! 今は、魔王であり、魔竜エヴァンジェリン・アラヒーだ!」


 まさかエヴァンジェリンと名乗った少女が、竜王の娘だとは思いもしなかった。


(竜王の娘が魔王をやってるとか、ははは、笑えない)


 竜王とは縁があるが、娘がいることを知らなかったのでただただ驚くほかなかった。


「いろいろ驚いていることも、聞きたいこともあるんだろが、その辺りを含めて飯を食いながらにしよう。今更奢ってくれないとか無しだぜ」

「あ、うん、それはいいんだけど、くれぐれもこの町で、この国で暴れないでくれよ」

「暴れやしないさ。人様の国で暴れるほど、俺たちだって馬鹿じゃないさ」

「……どうしよっかなぁ。サムが私のものにならないならぁ、ひと暴れでも」

「ちょっと!」

「俺が暴れさせないと約束するから、頼むわ」


 エヴァンジェリンが少々不安を残すものの、友好的に接してくれるダグラスを邪険にする必要はない。


「わかったよ。平和的に食事にしよう」


 サムが頷くと、ダグラスは嬉しそうに笑顔を浮かべた。



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