46「魔王たちと食事です」
レストラン『倒錯者の集い亭』は、イグナーツ公爵家の縁者が経営する、王都でも一、二を争う人気店だ。
大衆向けレストランだが、食事も酒も一流の物が用意されている。それでいて、値段はリーズナブルに抑えられているので、王都の人々が気軽に訪れることができる。
時には家族や友人と気軽に、時には恋人との大切な時間を、時にはお忍びの貴族の束の間のひと時を提供してくれる。
料理長は、宮廷からスカウトがくるほどの腕であるが、幾度となく断り続け、多くの人に料理を届けることを使命にしている料理人と聞いている。
これで店名が普通だったらなぁ、とサムをはじめ、王都の人々の嘘偽りのない感想だった。
ただ、ギュンターが次期当主であるイグナーツ公爵家の縁者が経営しているのだ。少しくらい変わった店名であるほうが、逆に納得できる。
サムは、イグナーツ公爵家と縁があることから――ぶっちゃけ、ギュンターに付き纏われているせいもあって――お店を顔パス、支払いは公爵家持ちになっている。
もちろん、公爵に甘えてしまうとギュンターに屈したことになる可能性もあったので、他の人と変わらずお店を訪れ、支払いをしている。
しかし、今回だけは公爵の名前を使わせてもらった。
空腹の魔王を、待たせるのはちょっと、と判断したのだ。
幸い、お店は昼前ということもあり、まだ仕込みの時間だったが、突然来訪したサムに笑顔で応じてくれた支配人に、頭を下げて個室を用意してもらえた。
支配人は、魔王ふたりが好き嫌いがないことを確認すると、「しばらくお待ちください」と丁寧に礼をして下がっていく。
遠慮する気のない魔王たちは、そんな支配人にちゃっかり酒も頼んでいた。
空腹であることを見抜いたのか、すぐ量が多めの食事と共に、ビール、ワイン、ウイスキーが運ばれてくる。
ダグラスとエヴァンジェリンは、料理と酒に舌鼓を打ちながら、片方は勢いよく、もう片方はお行儀よく食事を続けた。
「かーっ、これだねぇ。数日ぶりの食事もうまいが、ビールが最高だ!」
「うっせぇなぁ。食事くらい静かにできないのかよ」
ビールで喉を潤し、ステーキを美味そうに食べるダグラスを、エヴァンジェリンがワイン片手に鬱陶しそうにした。
円形のテーブルに並ぶ、サムたちの前には数多い食事が並んでいる。
こんな量を消費できるのか、と不安になるも、ダグラスの食べっぷりを見たら心配は杞憂だと思った。
サムも食事を口に運びつつ、アイスティーを飲んでいる。
「つーか、仮にも魔王の癖にがつがつみっともねえなー。ダーリンに感謝しながら泣いて食えよ」
「無茶言うな。そんな器用なことはできん。無論、サムには感謝しているが」
「それはいいんだけど、あの、ダーリンってまさか」
恐る恐る尋ねると、エヴァンジェリンはウインクした。
「ダーリンはダーリンじゃん。ふふん、照れてるとか、かわいいなぁ」
「うひぃ」
性別の違いはさておき、この何を言っても聞かなさそうな雰囲気はギュンターのそれによく似ていた。
余計なことは言わないにしよう、と思い、彼女のねっとりとした視線を受けながら、サムはピラフを口に運ぶ。
(これ、うまい――んだけど、視線が気になって食事に集中できねー)
若干の居心地の悪さを覚えているサムに熱い視線を向けながら、エヴァンジェリンは野菜と魚料理を中心に食事を堪能していた。
一口一口は小さいが、ぱくぱくとテンポよく食べているので、意外とダグラスに劣らずだ。
しばらく穏やかな食事が続き、料理を一通り堪能した。
ダグラスがビールからウイスキーに酒を変え、エヴァンジェリンがワインを飲み干したタイミングで、サムが声をかける。
「落ち着いたなら、まず聞かせてほしいことがある」
「なんでも聞いてくれ。まだまだ食べさせてもらうが、食事に会話も必要だ。楽しく話をしようじゃないか」
「とりあえず、予想はできているけど――スカイ王国へ来た理由は?」
「もちろん、お前に会いに来た。サミュエル・シャイト」
「だよねぇ」
わかりりきっていた答えに、サムは肩を竦めて嘆息したのだった。
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