35「ウルのいる日常です」①
サムが目覚めてから翌日の、昼前。
ウォーカー伯爵家の中庭で、ウルに外部魔力を取り入れ操るエルフの技術を叩き込まれたサムは、大の字になって倒れていた。
(――ウルがスパルタだったのを思い出したよ)
声も出ないほど疲弊したサムが、肩で息をしながら呼吸を整えようとする。
エルフの魔法技術は素晴らしかった。
魔力を持って生まれてこそ魔法使いになれるとしている人間にとって、大気中に当たり前に存在する魔力を自らに取り入れ、自在に操ってみせるということは眼から鱗である。
同時に、この技術が広まれば、魔法使いが増えもするだろう。
(だけど、そううまくいかないんだよね)
魔力を生まれもたない者には、大気中にある魔力を感じることもできず、使うことなど無理に等しい。
そもそも、魔法使いでも、大気中の魔力を知覚できる者はそういないようだ。
サムはもともと魔力に敏感なので、問題ない。しかし、エリカなどは、どれだけ時間をかけても大気中の魔力を感じ取ることができなかった。
(ま、でも、みんながみんな魔法を使えるようになったら、国同士のパワーバランスも崩れるだろうし、問題も出てくるから、こんなものなのだろうね)
サムとしては、分け隔てなく多くの人たちが魔法を使える世界を素晴らしいと思う。だが、中にはそれを望まない者もいる。
魔法使いであるからこそ特権を持つ者や、人よりも優遇されている者などにとっては、魔法が当たり前になってしまうと旨味がなくなるだろう。
魔法使いの中には、大した実力がなくとも、魔力を持っている、魔法を使えるという理由だけで貴族に囲われていい暮らしをしている者もいる。要は種馬的な扱いだが、それでも汗水流して働くよりはいいと思う者も決して少なくはない。そんな彼らにとって、今の生活が奪われるのは我慢できないだろう。
もっとも、人間にはエルフの魔法技術を使える者は少ないらしく、魔法使いが増えることはない。
(そろそろ、俺も動かないと。花蓮様たちはどうかなっと)
体を起こすと、中庭でウルがエリカ、花蓮、水樹を相手にしているのが見える。
なにかを教えるというよりも、手合わせなのだが、三人掛りに対してウルは涼しい顔をしている。
花蓮と水樹が息を合わせて、拳と木刀で攻め、後方からエリカが鋭い魔法を撃っていく。
日頃から、一緒に鍛錬をしている三人の呼吸は合っていた。
しかし、ウルは魔法を使わず、踊るように身体能力だけで三人の攻撃を捌く。
「さすがウルお姉様ですね。お互いに本気ではないのはわかりますが、それでもここまで実力差があるとは」
「わたくしには戦いの詳しいことはわかりませんが、お姉様がお強いことはよくわかります!」
中庭の木陰にテーブルと椅子を置き、家族の訓練を見守っているのはリーゼとアリシアだ。先ほどまでは、ジョナサンとグレイスもいたが、今はふたりは用事があって外している。
灼熱竜は部屋で寝ているが、子竜たちはウルを興味深そうに屋敷の屋根に登って、日向ぼっこしながら眺めていた。
「さてと、俺もそろそろ戻らないと」
「ふふ、サムは嬉しそうね」
「もちろんですよ。またウルとこうやって手合わせできるなんて思っていなかったので、夢のようです。まあ、現実だと思わせてくれるくらい痛い思いはしていますけどね」
肩を竦めてそんなことを言うと、リーゼとアリシアが苦笑した。
本当に、ウルは先日蘇ったばかりだとは思えないほど元気いっぱいだ。
今も、花蓮が空高くウルに蹴飛ばされて舞った。
「できることなら私も混ざりたかったわ。お腹に赤ちゃんがいるとわかっていても、みんなを見ていると体がうずうずしちゃうもの」
「気持ちはわかりますけど、絶対に混ざったら駄目ですよ!」
「わかっているわ。ちょっと残念なだけよ」
リーゼも剣士だ。同じ剣士である水樹がウルと手合わせしているのを見ているせいか、つい自分も剣を握りたくなるようだ。
気持ちはわかるが、婚約者としてお腹の子の父親として、危ないことだけはしないでほしい。もちろん、リーゼが本気でウルと戦おうとしないことはわかっているが、心配なものは心配なのだ。
ふぅ、と大きく息を吐き出したサムは、再びウルと手合わせするために、四人に混ざろうとして、やめた。
こちらに近づく気配を感じ取り、そちらに顔を向ける。するとそこには、メイドに案内された日傘を差したステラがいた。
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