36「ウルのいる日常です」②
「サム様、皆様、ご機嫌いかがですか?」
青いワンピースに身を包み、白い日傘を持つステラは、親しみのある笑顔をサムたちに向けた。
夏の暑い日だというのに、白い髪はさらりとなびき、雪のような肌には汗ひとつ浮かんでいない。
「こんにちは、ステラ様」
サムが立ち上がり、気さくに手を挙げ挨拶する。
リーゼとアリシアは椅子から立ち上がり礼をし、手合わせ中のウルたちも動きを止めて礼をした。
「どうぞ、そのままで。とくにリーゼは身重なのですから。それに、わたくしたちはサム様の婚約者です。少なくともわたしは皆様を家族のように思っていますので、堅苦しい挨拶は無用です」
「お気遣いに感謝します」
苦笑気味に気遣いの言葉を言うステラに、代表してリーゼが感謝の言葉を述べた。
その間に、メイドたちが椅子を用意し終わる。
「とりあえず、暑い中いつまでも立っているのはよくないので、ステラ様もどうぞお座りくださいよ」
「ありがとうございます、サム様」
ステラが日傘を閉じ、椅子に腰を降ろすとリーゼたちも各自動き出す。
花蓮などは誰よりも早く動き、ウルの隙を突こうとしたが、隙などあるはずもなく早々に撃退されていた。
「――本当にウルリーケ様がいらっしゃるのですね。父とギュンターから聞いていましたが、正直半信半疑でした」
「ステラ様の気持ちはよくわかります。俺たちだって、はじめはびっくりしましたから」
「わたくしは、ウルリーケ様とはあまり接点はありませんでしたが、お噂だけなら毎日のように聞いていました。そんな方がサム様の師匠であり、こうして再び再会できるとは驚くことが多いですね」
「クライド様からお聞きしたのですね?」
「はい。父からたくさんのお話を聞きました」
ステラは少々疲れた笑みを浮かべていた。
クライドからどれだけのことを聞かされたのかすぐにわかる。
「そうでしたか。さぞ、驚かれたでしょう」
「本当に驚きを隠せませんでした。まさか、スカイ王国の、それも王宮の地下に魔王の墓標があり、我が一族が墓守だったとは想像もしたことがありませんでした」
「無理もないです。実際、俺だって、そんなこと夢にも思いませんでしたから」
サムもステラにつられて苦笑いする。
あれだけ強い魔王がこんな近くにいるなど、思いもしなかった。
「その魔王をサム様が倒したとも聞きました。サム様がお強いことはわかっていたつもりでしたが、まさか魔王まで倒してしまうとは、正直に白状してしまうと一番驚きました」
申し訳なさそうにそんなことを言うステラに、サムは気にしていないと首を振る。
普通に考えて、人間が魔王に勝てることなどあり得ない。
生物としての格が違うのだから。
サム自身も、どのように魔王の領域に至ったのか自分でもわかっていない。
ただ、不思議と倒せないとは思わなかった。
「まぐれですよ」
「たとえまぐれだったとしても、魔王に勝てる人間はいないと思います。スカイ王国は、国の位置的に魔王と無縁ですが、大陸西側では魔王の影響を受ける国々があり、魔王の中には国を持つ者もいます。魔王は強く恐ろしい。それだけの力を持つ魔王を倒すなど、偶然でもまぐれでもそうそう叶うことではありません」
「かもしれませんね」
「サム様のおかげで、父が見たことのない穏やかな顔をしていました。わたくしは、国王ゆえの立場による苦悩があると考えていましたが、もっと大きなものを抱えていたのですね」
「誰にも魔王のことを言えず、墓守としての役目に殉じていたクライド様を尊敬します」
「ええ、わたくしもです。サム様、どうもありがとうございました。あなたのおかげで父が救われ、セドリックも重荷を背負わずにすみそうです」
サムに深々と頭を下げるステラに、気にしていないと顔を上げさせる。
自分はすべきことをしただけである。そもそも魔王復活はクライドだけの問題ではない。
「ウルから授かったこの力が、多くの人のためになった。それだけで光栄です」
サムがそう微笑むと、ステラは頬を赤くした。
「こんなことを言ったら、はしたなく思われてしまうかもしれませんが――サム様のような強く優しい素敵な方とご縁があったことが、とても嬉しく思いますわ」
真っ直ぐ瞳を向けてくるステラにそんなことを言われてしまい、
「えっと、はい、とても光栄です」
サムは照れてしまうのだった。
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