11「後日談です」




 ジャスパー・グレンを無事に王都に連れて帰り、父ジョナサンに引き渡したウルは、その一週間後、エルフの魔女ミヒャエルの屋敷に招待されていた。


「いらっしゃ、ウルリーケ・ウォーカー」

「早く魔法を教えろ」

「……せっかちな子ね。せめてこんにちはくらい言いなさいよ」

「こんにちは。魔法を教えろ」

「……まあいいわ。あなたには借りもあるしね」

「借り? なんのことだ?」

「とぼけちゃって。国王陛下にお話をしてくれたでしょう?」


 ミヒャエルの屋敷の応接間にて、ソファーに腰を下ろすウルが苦々しい顔をする。

 そんなウルに苦笑すると、ミヒャエルは紅茶の支度をしながら口を開く。


「あなたには感謝しているわ。あなたのおかげでガブリエルは幸せになるでしょうね」

「ふん」


 王都に戻ってきたウルは、ジャスパーの事情を含めガブリエルの抱えている問題を、何も躊躇うことなくジョナサンに告げてしまった。

 ジャスパーの家での事情を理解したジョナサンであったが、ガブリエルが奴隷の少年と蜜月にあることは大いに驚き、腹を押さえてしまうこととなる。

 父があまり役に立ちそうもないと判断したウルは、そのまま国王クライドに会った。

 いくら宮廷魔法使いであっても、おいそれと国王陛下に会うことはできないのだが、ウルは気にしなかった。

 幸い、クライドに時間があったことと、幼い頃から王がウルを知っているからと言う理由で、すぐに会えることとなる。

 ウルは、王にもガブリエルのことを暴露してしまった。

 ウル個人の考えは、本当に欲しいものがあるのならどんなことをしてでも手に入れろ、だ。

 ガブリエルが公爵で、恋人が奴隷であったところで、本当に結ばれたいと思っているのなら、代償を支払ってでもそうするべきだと思ったのだ。


 ガブリエルやミヒャルからすると、なんてことをしてくれたんだ、となるのだろうが、結果的に話はうまいこと運んだ。

 奴隷の少年はユーゴ・アラヒー。

 平民と思われていたが、実は没落したアラヒー子爵の血を引いているらしかった。

 なぜそんなことがすぐにわかったのかと言うと、クライドはガブリエルが前々から奴隷の少年に熱を上げていることを把握していた。

 ただの遊びなら構わないが、結婚していないいい年の女性が、しかも王家の血を引く人間が奴隷に入れ込んでいるのは少々問題があったのだ。


 ガブリエルが少年趣味であることは有名だ。

 そのせいで結婚していないのだ。

 ガブリエル本人は自由気ままに生活していて、誰にも迷惑をかけていないのだが、それをよく思わない人間もいた。

 とくに貴族派と呼ばれる、王家を蔑ろにする派閥は、ガブリエルから粗を探そうとしていたのだ。

 そんな時に、今回の出来事だ。


 幸い、大事にはならなかった。

 グレン侯爵家は、ガブリエルとジャスパーの結婚は反対だったが、お見合いくらいならと軽く考えていたそうだ。

 だが、ジャスパーはそうは思わなかったようで家出した。

 そのことがわかったので、グレン侯爵家当主が直々にガブリエル・ウッドフォードの元を訪れ、見合いをなかったことにと頭を下げた。

 これにガブリエルは、文句ひとつ言うことなく快諾した。


 そして、ユーゴ・アラヒーは、グレン侯爵の親戚であるセロス伯爵家の養子になることとなった。

 セロス伯爵は子供に恵まれておらず、近々養子を迎えようとしていた。

 そこに、ユーゴがあてがわれたのだ。


 ユーゴを養子にすることで、ウッドフォード公爵家と縁ができる。

 ガブリエルの年齢が心配だが、子供ができれば王家の血を引く人間を跡継ぎにできると言う打算もあった。

 また個人的に、セロス伯爵家当主夫妻は、礼儀正しいユーゴを気に入ったので、打算抜きに息子にすることを決めた。


 少々強引な手段が取られたのだが、前々から嫁ぎ遅れていたガブリエルをなんとかしたかった王宮の人間たちが頑張った。

 結果、ガブリエル・ウッドフォードは十六歳の若き夫を迎えることができたのだ。

 実に、怒涛の一週間であった。

 もちろん、ウルは父と国王に暴露しかしておらず、面倒なことは丸投げだった。

 しかし、ウルがきっかけでガブリエルは幸せになれたのだ。

 ガブリエルはウルに心から感謝しているらしく、彼女に宮廷魔法使いとしての今後に期待し、古の魔法使いが使っていたという魔法名を名乗る提案をした。同時に、秘蔵の魔導書をウルに提供してくれた。


「まさかまるで物語のように都合よくことが運ぶとわかっていたのなら、私ももっと違う動きをすればよかったわね」

「偶然だ。私は、ジャスパー・グレンも、ガブリエル・ウッドフォードも、話を聞いてて腹が立ったから暴露しただけだ。うまくいって残念だよ」

「あなたもあなたで素直じゃないわねぇ」

「もう終わったことを言っててもしょうがないだろ。さっさと魔法を教えてくれ! 私はそれを楽しみに、この一週間わくわくしていたんだから!」

「はいはい。じゃあ、この書物をあげるわ」


 紅茶を支度したミヒャエルは、ティーカップをウルの前に置くと、続いて古い書物を手渡した。


「これは?」

「エルフの魔法が書かれた書物よ。あ、人間の文字で書かれているから安心してね」

「――こんな貴重なものをいいの?」

「構わないわよ。門外不出ってわけじゃないし、そもそも人間のあなたが使える魔法なんてせいぜい数個くらいでしょうから」

「それでもエルフの魔法が使えるなんて、心が踊るよ」

「本当に魔法が好きなのねぇ」


 ニコニコと破顔するウルに、ミヒャエルがくすりと微笑んだ。


「じゃあ、私はこれで!」

「もう帰るの? もう少しゆっくりしていけばいいじゃない」

「えー、早速読みたいのに」

「せっかちね。せっかくだから、私自ら魔法をいくつか教えてあげるわよ。どうせ暇していたし」

「えっと、いいの?」

「もちろんよ。デライトちゃんの弟子なら、私にとっても弟子でしょう。遠慮しないで。ただし――私はデライトちゃん以上のスパルタだからね。覚悟しておきなさい」


 ミヒャエルの言葉に、ウルは犬歯を剥き出しにした。


「――上等」

「さ、まずはお茶にしましょう。その後、ゆっくり相手をしてあげる。まだあなたは魔力と勢いに任せて荒が目立つから、その辺りから矯正していきましょうね。もっと滑らかに、美しく、そして芸術的に魔法を使えてこそ、魔法使いなのだから」


 こうして、忙しいデライト・シナトラに代わり、面倒を見てくれる人を見つけたがウルだったが、ミヒャエルのことを先生とは決して呼ばなかった。

 あくまでも師匠は尊敬するデライトだけ。そう決めているのだ。


「そういえば」

「どうしたの?」

「どうしてエルフがスカイ王国にいるの? 確か、エルフたちは、亜人たちが暮らす大陸の西側に住まいがあるって聞いていたけど」

「ああ、それね。実は、私は出奔してしまった姉を探すためにスカイ王国に来たのよ」

「姉?」

「ええ、とっても素敵な方よ。私よりも魔法に優れ、私たちの国の女王候補にまでなった方なんだから。残念ながら、どこにいるのかわからないのだけどね」

「ふーん」

「あなたから聞いてきたくせに反応薄っ!」

「なんかもっと壮大な理由があるかと思ってたから、つい。で、お姉さん見つけてどうするの? 連れて帰るの?」

「違うわよ! 一緒に住みたいの! ああ、お姉様! あの麗しく素敵なエルフの中のエルフ! お姉さまのためなら私は世界だって滅ぼして見せます!」


 恍惚な顔をしてここにはいない姉を語るミヒャエルは、自分に執着するギュンターにどこか似ていて気持ち悪かった。


「嗚呼、お姉様! ミヒャエルがいなくてお姉様は寂しくないのかしら? いきなり運命の出会いがある気がするなんて意味わからないことを言って、国を飛び出したお馬鹿なお姉さま」


 ぬるい紅茶を啜ると、ミヒャエルが落ち着くまで放置することを決め、もらったばかりの書物を開いた。


「もう五十年もお顔を見ていません。せめて生きているかどうかだけでも知ることができればいいのに――ダフネお姉様」




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