第六章
1「ウルの目覚めです」
ウルリーケ・シャイト・ウォーカーが目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
なにやら硬い場所に寝かされているとわかった彼女が、小さく口を開く。
「――サム」
自然と口から漏れた第一声は、最愛の愛弟子の名前だった。
しかし、なにも反応がない。
もしサムが近くにいれば、返事をしてくれるはずだ。
そう思い、ウルが体を起こした。
「……ここはどこだ、いや、違う、そうじゃない。私は死んだはずなのに、どうして」
だるさを覚える体を動かして周囲を見渡すと、洞窟と思われる場所だとわかる。
しかも、ウルは洞窟内にある儀式用の祭壇に寝かされていると気付いた。
「趣味の悪いことだ」
ウルの知らない未知なるものだった。
複雑に描かれた魔法陣が祭壇を囲み、吐き気を覚えるほど濃密な魔力が洞窟内を充満していた。
魔力を持たない人間が、この中にいたら気絶くらいするだろう。
「血の匂いもするな。それも、ひとりやふたりじゃない。気分が悪くなる。……っ、体の調子がおかしい、魔力がないのはいいが、まるで自分の体じゃないみたいだ」
いくつか自分の目覚めた理由を推測するも、どれも不愉快な答えばかりが浮かぶ。
誰がどういう理由で自分を目覚めさせたのかわからないが、首謀者を殺そうと決めた。
(こんなふざけたことをするのはサムじゃない。いや、そもそもサムは死者の蘇生などできない。私が教えなかったからだ)
ウルは死者蘇生の秘儀を知識としてだけ知っている。
だが、数多の犠牲が必要だということも理解しているので、使おうと思ったことはない。
そもそも人は死ぬのだ。自然の摂理に反するつもりはなかった。
万が一、ノーリスクで死者蘇生をできる者がいるのなら、古から語り継がれるような聖女だけだろう。
「まあいいさ、とにかくここから出よう」
不思議と光が差す洞窟内を歩き、出口と思われる場所を見つけると、祭壇から降りてこの場を去ろうとする。
「よう、お目覚めか。ウルリーケ・シャイト・ウォーカー」
不意に声を掛けられた。
「誰だ?」
声は男だ。
はじめから洞窟にいたのではなく、ちょうどいいタイミングで別の出入り口から現れたのだろう。
「おいおい、つれないじゃねえか。散々、俺の部下を殺したことがあるっていうのによう。それとも一度死んだせいで忘れちまったのか?」
「部下だと?」
男がこちらに歩いてくると、姿がはっきりとわかるようになる。
白装束に金細工を身につけた、中年の男だった。
「――ああ、その出で立ちと、まとわりつく死臭……ナジャリアの民か」
「その長だ」
「へぇ。長年スカイ王国に喧嘩を売る馬鹿な部族の首領がお前か。どんな馬鹿面をしているかと思っていたが、想像以上に馬鹿な顔をしているな」
ウルの物言いにナジャリアの長は苦笑した。
「傷つくじゃねえか。せっかく復活させてやったのに、とても恩人に対する感謝の言葉とは思えねえなぁ」
「復活だと?」
今度は、ウルが不快そうに眉を潜めた。
「ふざけるな。これは復活でも蘇生でもない――転化だろ」
「おっと、目覚めて早々に気付いたとはさすがだな」
「自分の体のことは自分が一番知っている。ついでに、お前たちの正体にもおおよその見当がついた」
「なるほどなるほど。流石はウルリーケ・シャイト・ウォーカーだ。さて、俺にも質問をさせてくれ。どうしてお前は抜け殻のように魔力がすっからかんなんだ?」
ナジャリアの長の疑問に、ウルは表情を一変させて吹き出した。
「ぶっ、ふはははっ、あはははははっ! なんだ、知らずに私を起こしたのか? 私の魔力はすべて愛弟子に託したのさ!」
「……またサミュエル・シャイトか。つくづく奴とは縁がないようだ」
「ほう、サムを知っているのか」
「知っているさ。殺したいほど忌々しい」
「だが、お前たちにそんな力はない。それで、私を目覚めさせて利用しようとでもしたのだろう。浅はかな奴らだ」
馬鹿にするような視線を向けると、ナジャリアの長が苦々しい顔をした。
「……恐ろしい。目を覚ましたばかりで、ずいぶんと頭が回るようだ」
「天才だからな」
「ならば、今後のことも理解しているはずだ。お前は、私の手駒として」
「断る」
「――なんだと?」
よほどウルの言葉が気に入らなかったのだろう。
ナジャリアの長から濃厚な殺気が放たれた。
「断ると言っているんだ。私がサムに仇なすはずがない。というか、お前らのようなふざけた化け物の手下になる気など毛頭ないんだよ!」
そう吐き捨てたウルが、片腕を上げると、魔力が渦巻く。
それに驚いたのはナジャリアの長だ。
「魔法だと! 今のお前には魔力がないはず!」
「なにを言っているんだ? 私には魔力がないが、ないならあるところから借りて来ればいい。幸いなことに、ここには魔力が満ちている、エルフから教わった魔法を見せてやろう」
「くそっ! どうしてお前は私の支配下にならない! 復活の際に、そういう仕込みをしたはずなのだぞ!」
「それは私がウルリーケ・シャイト・ウォーカーだからだ。魔力を失おうと、お前らに遅れをとるわけがない!」
「ええいっ、この規格外な奴め!」
ウルは、洞窟に充満するすべての魔力を魔法に変換しようとした。
邪魔をされる恐れがあったが、ナジャリアの長は、自分の計画の失敗を認められないのか、ウルから視線を逸らし軌道修正をすべくなにかを考えている。
ウルは失笑した。
そこでようやくナジャリアの長がウルが今にも解き放とうしている魔法が、どこに向いているのか理解し慌て出した。
無論、遅い。
「やめろ! この祭壇を作るのにどれだけの年月と生贄を使ったと思っているんだ! 私には、この祭壇がなければ、次に進めんのだぞ!」
「その言葉を聞いて、よりいっそうやる気になったよ。目覚めたばかりのリハビリにはちょうどいい」
にやり、とウルが笑った。
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
刹那、ウルが解き放った魔法が炸裂し、洞窟もろとも祭壇を木っ端微塵にしたのだった。
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