5「ウルは退屈です」②
「ウル、探したぞ。ここにいたのか」
「やあ、おじさま。こんにちは。ご機嫌いかがかな?」
「ギュンターもいたのか。相変わらず娘に気持ちの悪いことをしているんじゃないだろうな」
「おじさま……このギュンター・イグナーツ、ウルリーケに気持ち悪いと言われたことなど、生まれてこの方ありません」
「嘘つけ! 毎日気持ち悪いって言っているだろ!」
平常運転のウルとギュンターに、ジョナサンは苦笑した。
なんだかんだ一緒にいるふたりは、父親が思うほど相性は悪くないようだ。
ギュンターの言動はさておき、幼なじみが戯れているように見えるのでとりあえずジョナサンからなにか言うことはなかった。
「ギュンターも相変わらずのようでなによりだ」
「お父様、それで、なにか私に御用ですか?」
「ああ、宮廷魔法使いとして……というのは少し違うが、ウルに頼みがある」
「お聞きしましょう」
「グレン侯爵家の次期当主殿を連れ戻してほしい」
「連れ戻す?」
「ジャスパー・グレン殿が家出をしたのだ」
「は?」
ウルは自身の耳を疑った。
続いて父の正気を疑った。
「まさかとは思いますが、家出した息子を私に捕まえてこいなんて言うつもりじゃないでしょうね」
「すまないが、その通りだ」
ウルが嫌そうな顔をすると、ジョナサンが申し訳なさそうに返事をした。
もしかするとジョナサンも宮廷魔法使いの娘に頼みたくないのかもしれない。
「そんなこと侯爵家お抱えの騎士にやらせればいいじゃないですか」
「それはそうなのだが、お前が一番なのだ」
「えー、嫌です」
「飛べるではないか。さくっとひとっ飛びして連れて帰ってきてくれ」
「それが理由ですか。父上だけじゃなく、いろんな人に飛べるからという理由でお使いを頼まれるんですが、心底面倒です」
「そう言わないでくれ。グレン侯爵は、ヘイゼル王太后様の生家でもあるのだ。その家の跡取り息子になにかあったら大問題だ」
「――はぁぁぁぁ。わかりました。わかりましたよ。じゃあ、その馬鹿息子を二、三発引っ叩いて連れて帰ってくればいいんですね」
「いや、引っ叩くなよ。本当に駄目だからな!」
いくら宮廷魔法使いとはいえ、侯爵家の跡取りを引っ叩くのはいろいろまずい。
仮にも王太后の関係者なのだから、ジョナサンとしては穏便に連れて帰ってきてほしい。
「まあ、退屈しのぎになりそうなのでいいですけど、今後はもうちょっと心躍るお使いをお願いしますよ。ドラゴン退治とか、蛮族退治とか、他の国宮廷魔法使いに喧嘩を売るとか」
「そんな使いを頼むつもりはないが、まあ、お前の言うように次はもっとマシな頼み事をしよう。では、すまないが頼む」
「かしこまりました。では――」
「待ちたまえ」
コートを翻し、いざ飛翔魔法を展開しようとしたウルの肩をギュンターが掴んだ。
「許可なく私に触るな。訴えるぞ」
「僕も行こう」
「えー、すごく嫌なんだけど。邪魔だし、うざいし、きもいし」
「いろいろ酷いね。だが、そのさりげない罵声が気持ちがいい! おっと、そうではなく、ウルひとりで行っても、肝心なジャスパー・グレンの顔を知らないんじゃないかい?」
「そういえば、そんな奴の顔なんてしらなかった」
「……ウルは夜会などに出ないからな。失敗した。私も、失念していたよ」
貴族には夜会をはじめ、子女たちのお茶会、若手貴族の交流会など、様々なパーティーがある。
ときには、親の目を盗んではめを外す、少々品のないものもあるが、どれにもウルは参加したことがない。
そんなものに参加する暇があるなら、魔法の修行でもしていたほうがいいというウルらしい考えだった。
ドレスなど自分を着飾ることにも興味のないウルは、そもそもパーティーが嫌いだ。
宮廷魔法使いとなり爵位を得た現在も、ウルはウォーカー伯爵家の跡取りである。いずれは婿を迎え、家を継がなければならないで同じような貴族の子女たちと交流を深めておかなければならないのだが、本人はまったく無関心。
妹のリーゼが、いつもウルの代わりに夜会に参加しているため、ときどきリーゼを長女だと間違える人まで出てくる始末だ。
そんなウルだから、グレン侯爵家の跡取り息子の顔を知らないどころか、今まで名を聞いたことさえなかったのだ。
「幸いなことに、僕はグレンと親交がある。ウルリーケがいきなり現れても警戒されるだけだろうし、僕が力を貸すとしようじゃないか」
「だけど、お前飛べないじゃないか」
「ふっ、そこはほら、ウルが僕をお姫様抱っこをね――って、すごく嫌そうな顔をしているね! 今日一番の嫌顔だよ!」
ギュンターの言葉通り、ウルは苦虫を噛み潰した顔をしていた。
「お前に触りたくない」
「辛辣っ! ああ、でもそれが心地いいぃぃぃ!」
「決めた。お前をボコボコにしてから、縄にくくりつけて運んでやる」
「残念ながら、僕がボコボコにされる理由が見つからないね。だが、ウルが僕を殴るというのなら、喜んで殴られようじゃないか! 好きあらば、君の拳を舐めてあげよう」
「うわっ、きもっ! ぞわっとしたぞわっと! お前な、その変態みたいな言動をやめないと親が泣くぞ!」
「心配せずとももう泣いているよ」
「ならもっと駄目だろ! もういい、こうなればこいつを始末してから」
いい加減ギュンターが鬱陶しくなったウルが武力行使に出ようとすると、ジョナサンが大きく咳払いをした。
「じゃれつくのは結構だが、早くジャスパー殿のことを頼むよ」
「はぁ……わかりました。ほら、すごーく嫌だが、いくぞ、ギュンター」
「嗚呼っ、ついにウルにお姫様抱っこしてもらえる日が来るなんて……少し待っていてくれたまえ、いま正装を」
「うざい。抱き抱えないから。私の足首でも掴んでろ」
ギュンターの尻に蹴りを入れたウルは床を蹴り、軽やかに飛翔する。
「ああん」と気持ちの悪い声をあげたギュンターが、慌てて跳躍し彼女の右足に捕まり、頬擦りを始める。
心底嫌悪を浮かべるウルだが、ここで揉めたら同じことの繰り返しだとわかっているようで、ぐっと怒りを堪えた。
「それで、家出息子はどこにいるんですか?」
「ジャスパー殿はダンジョンに向かった。頼んだぞ」
「お任せください。家出息子を連れて帰るついでに、ギュンターを捨ててきます」
「……ほどほどにな」
ジョナサンに見送られたウルは、足に変態を装備したたまま、王都の外を目指し飛翔するのだった。
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